Bak Huaの死

東北タイの村からの電話で、Bak Huaの死を知った。Bak Huaは、頭野郎とでも訳せばいいのだろうか、一人の子どものあだ名である。

Bak Huaは、通常分娩で生まれた。生まれた時、目が明らかに潰れ、目の玉は混濁していた。それでも元気に母乳で大きくなってきたが、体よりも頭がかなりの速度で大きくなってきた。それで心配になり病院に行くと、水頭症だとかで、頭に水が溜まっていたのだ。それで手術をし、頭に溜まる水を下に流す管を埋め込んだ。それからそれ以上頭は大きくならなくなったが、どうも脳の方は何らかの損傷を受けていたようだった。

起きることができない。首が据わらない。目は見えていない。耳も聞こえているのかどうかわからない。足に触ると、引っ込めるので、触感はあるようだ。「あーあー」と悲鳴のような、うなり声のような音以外、口からもれることはない。でも口に食べ物を入れれば、飲み込むことはできるようなので、体重だけは増えてくる。

Bak Huaの母親は、若い未婚の母。出稼ぎ先のバンコクで、スラム育ちの年下の男の子と同棲し妊娠した。誰もが結婚に反対で、本人たちさえも相手のことがあまり好きではなかったようだ。田舎で未婚の妊娠は、恥ずかしいこと。彼女の母親は怒り泣いた。悩んだ彼女は、通称「堕胎屋さん」のところに行った。「堕胎屋さん」は、医者でも何でもない。不本意な妊娠をしてしまった女性たちのお腹を、「押す」ことで堕胎しようというのだ。しかし押しても押してもBak Huaは出てこなかった。最後にはあきらめて出産したが、その結果、障害を持つことになってしまった。

意志を疎通させることも、起きあがることもできないBak Huaの世話を、彼女と母親はがんばってやっていたが、体重が重くなってくると女の手では扱うのが難しくなってきた。

彼女の母は言う。
「マリコ、この子は功徳があるのかね。何も見えず何も聞こえなくって、世間の苦しみを知ることがない。自分一人の世界で笑ったり、お腹いっぱいになって満足したりしているのだから、功徳があるのよね。でも動けない、自分自身の面倒をみることができないってことは、業かね。それで人にも迷惑をかけている」

私は答える。
「お腹を押しても押しても、出てくることがなかった。何が何でも自分の母親の顔を見てやるぞって、耐えることができたんだから、運勢は強いよ」

彼女は涙を流しながら
「そうだね、そうだね。強いよね。運勢は強いけど、脳がない。ははは、脳がないから、運勢が強くてもどうしたものかねえ」と笑った。

Bak Huaの体重も重くなり、病院へ行くのも一苦労。車代だってかかる。病院の医者も、「5才まで生きないでしょう。来世では、ちゃんと生まれてくるんだよ」と言っている。そのうちに、病院に薬をもらいに行かないという形で、つまり消極的安楽死への道を選択するようになった。

それでも4才まで生きたBak Hua。誰も責めるわけにはいかない。みんな、それぞれ重いものを背負って生き続ける。生きていることこそが、苦であるって、仏陀が言っていたけど、それは究極の真実なのだろう。
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by chachamylove2003 | 2005-03-29 16:54 | 東北タイ