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アンコールワットのとなり

久々のブログ更新なのに、なぜかカンボジア旅行の話。

確か1999年のことだったと思う。東南アジアといえば、タイしか知らない私が初めて他の国に遊びに行った。タイの隣国カンボジアへ。

カンボジアと言えば、アンコールワット。タイから陸路で行った。島国育ちの日本人である私は、陸路で国境を越えることが大好き。国って何だ?誰が国境線なんて決めたんだ?ってなことを考える原点でもある。

アンコールワットは大きかった。高いところにある祭壇に上ったら、高所恐怖症で降りることができなくなり、知らない人たちに励まされてフラフラになりながらやっとのこと降りたり、雨季だったため大きな水たまりをバイクで走ったり、、、。観光客として観光できることが嬉しかったり、、、。それにしても日本人観光客が多かった。私が地図を拡げて見ていると、必ず日本人の高齢男性が声をかけてくれる。
「僕、アンコールワットは5回目だから、何でも聞いて。どこに行きたいの?」
他にもタイ人観光客が多かったので、世間話をしてみたり、、、それなりに楽しいときを過ごした。

ただ石の固まりを3日も見ていると、少し疲れてくる。そんなとき、アンコールの遺跡群に隣接して真新しいお寺があることに気づいた。外国人観光客は行かないが、地元の人は食事などを持って行っているようだ。アンコールワットが過去の寺院とすれば、ここは現在の寺院。今を生きている人々のための宗教の場。

私も昼下がりの暑いときに、そんな小さな寺に入ってみた。タイに長い間いたことがある私にとって、「あ、タイの寺みたい」というのが第一印象。本堂、布薩堂、僧侶の居住場所、講堂などがならんでいる。キンキラキンの仏像が置かれている講堂に入っていくと、なかでは年配男性が数人お茶を飲んでいた。そして私を見ると、何か言いながら手で「おいで、おいで」をした。お言葉に甘えて、私も講堂に上がると、彼らはお茶を入れてくれた。

ありがたくお茶を飲んだのはいいが,なんせ言葉が通じない。お年寄りたちはなんやかんやと私に話しかけてくるのだが、英語も通じない。お互いにどうしたらいいのかわからなくて、気まずい沈黙が始まったとき、私は仏像に三礼して、三宝帰依のさわりの部分を唱えた。

「ナモータサー、パカワトー、アラハトー」

年寄りたちは、わいわい言いながら喜びに満ちた表情をした。
その時の彼らの会話を、勝手に翻訳すると
「おー、お前は日本人なのに、よくパーリ語のお経がよめるな。えらい!」
そして彼らも「ナモータサー」を唱えはじめ、みんなで大合唱になった。
タイ人の発音と少し異なるが、西洋におけるラテン語のように、上座仏教世界におけるパーリ語は仏教聖典を伝える聖なる言葉。仏教発祥の地インドから東南アジアに伝播するとき、仏陀の御言葉はパーリ語によって伝えられた。だからミャンマーでもラオスでも、「ナモータサー」は同じ。私は仏法僧の三宝に帰依します。

一緒にお経を唱えることができたからといって、それ以上の会話は進まない。私はまた暑い日差しのなかアンコールの遺跡観光へと戻っていった。

by chachamylove2003 | 2008-03-16 17:07 | 仏教