婆さんの癒しのちから

モー婆さんの家の前には大きなチャンパーの木があり、夏になると柑橘系の香りを放ちながら白い花が咲く。地に落ちた白い花びらを坦々と箒で掃いている彼女の姿は、普通の農村女性にしか見えない。しかし他の女達との大きな違いがある。それは彼女が癒しを行う霊媒である点だ。

人は言う。
「一昔前、ノウばあさんがまだ若かった頃は、向こうの方の村で歌う声がここまで届いたもんだったよ」
それほどに彼女の声は力強く、よく通るのだ。
「ノウに歌ってもらえば、なんだって治るんだよ」
と話す人もいる。歌は精霊に対して歌われると同時に、人々を集め、人々の間をつなぐ。

そんな彼女は、弟子を持とうとしなかった。彼女はこう言う。
「最近の若い者はなんでも金、金!人を癒すためには、誠実でなければならない。若い奴らにそんな奴はいない!」

報酬目的で癒しの歌を歌うことは、逆に精霊を怒らせることになる。当然、その力は癒しへとは向かわず、死へと向かわせるのだ。あくまでも無償ボランティアとして彼女は毎日人々に連れられて歌を歌いに行く。

モー婆さんは、精霊によって病を癒す東北タイの伝統的な癒し手。歌い踊りながら、精霊に語りかけ、病気の原因を尋ね、その原因を取り除くよう病人の家族に伝える役目を持つ。田んぼの霊や先祖の霊の怒りに触れたと告げられた家族たちは、彼女の言うとおり精霊に敬意を表し供物を捧げることで、病人を治癒に向かわせる。

タイ農村に住む人々にとって病気は本人だけの問題ではなく、家族や親戚たち、もっと言えば彼らが住む社会全体に関わる問題でもある。モー婆さんは病人と、病人を取り巻く人々との関係をとりまとめる機会を作り、修復させる役割を果たすことで、病気を治癒させる。治癒力が高いということは、歌や踊りを通じて、病人をひとりぼっちにさせないような人間関係を作り直すことがうまいということでもある。

モー婆さんの後について一人のおばあさんの家に行ったときのことを今でもよく覚えている。

その女性は食欲がなく、何もする気が起きず、とうとう寝たきりになってしまった。子供達が全員出稼ぎのため不在で、一人で暮らす彼女の話に、モー婆さんは耳を傾けた後、精霊に歌で語り始めた。そして最後に歌い踊りながら、見物にきた近所の人たちも踊りに誘い、小さな家の中はまるでディスコ・パーティのようになった。

楽しそうな雰囲気の中、病気のおばあさんだけは暗い顔をして座り、感極まってとうとうオイオイと声を上げて泣き出した。モー婆さんは、踊りをやめて彼女に聞いた。

「どうしたんだい?」

彼女は「みんな飛んでいく(踊る)のに、私一人飛べない」と言って泣いている。
それを聞いた周りの人たちは、にこやかに微笑み、

「さあ、一緒に飛ぼうよ。飛べるよ。さあ」

と言って、彼女を踊りに誘う。「待って、待ってよ」と言い、人の助けてもらいながらゆっくり立ち上がった彼女は、ぎこちなく踊り始めた。その場にいた私は胸に熱いものがこみ上げてくるのを押さえることができなかった。

近代的な病院があちこちにでき、村の人々も町まで行けばそのような医療サービスを受けることができるようになった。しかしこのような癒し手は今も存在し、たぶんこれから先も存在するのだろう。

その理由を、社会的弱者が生活苦から一時的に逃れる方便を求めているからだと言う人は多い。家庭に問題を抱えた女性や経済的に貧しい人が、このような科学的根拠のない「怪しげ」な民間信仰に癒しを求めるのだと結論づけてしまうと、個人の多様な人生が全く見えなくなってしまう。富める者も貧しい者も問題を抱えている。自分の人生や生活に満足している人が一体この世の中に何人いるというのだろうか。病は誰にとっても人生の一つの通過点である。誰も病や死から逃れることはできないし、未来を予測することもできない。病と病人、そして病人と彼を取り巻く人たちを見ていく中で少し私にもわかったことは、みんなそれぞれのやり方で、自分自身を自分が描く世界の中で位置づけようと模索しているということだった。

村人たち一人一人が、生に向けて格闘し模索する力強さを、逆に私は学んだようだ。
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by chachamylove2003 | 2005-05-03 02:54 | 東北タイ