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外国帰り

私が長期滞在したタイの地方からは多くの人が海外に出稼ぎに行っている。

90年代以降の社会現象だが、男も女も最近ではまとまった現金収入を求めて海外に出ることが珍しいことではなくなりつつある。海外出稼ぎにはいろいろな問題もあるけれど、かつて新しいチャンスを求めて、移住を繰り返してきた祖先たちの姿を継承しているようにも見える。

男の出稼ぎは、工場や建築現場での単純労働がほとんどだが、女の場合はそれこそ多様だ。工場、レストラン、ナイトクラブ、メイドなどなど、その職種によって全く収入が違う。もちろん非合法の売春が絡めば、だまされるリスクも大きいが、まとまった金になることも確かだ。しかし売春なんて誰もやりたいとは思わないし、誰もそれが喜ばしい仕事だとは思わない。本人とその送金を待つ家族との間の意識の違いやタイの農村社会における価値観からの逸脱など、多くの問題を抱えながらも学歴も資金もない彼女たちが体一つで稼ぐ勇気の偉大さは、たぶん本人にしかわからない価値があるのだと思う。

出稼ぎ者を送り出す側の家族にとって、彼女たちが何をして稼ぐのかを問うよりも、どれだけ稼げるのかが問題であって、まさにそのことによって彼らの社会的地位が左右される。

お金に色などついていないのだ。

だから村にいて、出稼ぎ者からの送金に頼っている人々に収入のことや、出稼ぎ先の状況などを聞くことは非常に難しいし、どれだけ彼らが知っているのか、またどれだけ本当のことを話しているのか、私に確かめるすべはない。また確かめようとして、出稼ぎ先に行って、逆に問題になってしまうこともある。村々を回って日用品を売る、いわゆる押し売りの一人が、人々を引き付けるために、自分は日本で働いてきたと自慢げに話している輪の中に入ったことがあるが、私が日本人であることを知った彼は、あわてて荷物をまとめて逃げてしまった。いろいろ人に言いたくないことはあるもんだ。

微妙な質問であると知りつつ、つい聞いてしまうのは私の調査者としての義務からなのか、それともワイドショー的な好奇心がそうさせるのか、自分でもわからない。

私が普段滞在する村の隣の村の家を一軒一軒まわって、家族構成や収入などを聞いていたときのこと。新築のコンクリートときれいなタイル(一部は大理石?)でできた家があった。家の前にはぴかぴかの4WD。髪の毛を振り乱してソムタム(パパイヤサラダ)を食べている老婆が一人いたので、いつものように寄っていって話をしようとした。自己紹介がすみ、新築の家の話になり、これは娘が台湾で結婚した台湾人男性がお金を出して建ててくれたということを知った。
家の中にはその台湾人の男性。年の頃は60代半ば。それに対して女性の方は30に届くかどうか。子供たちが走り回っている。

「この子供は誰の子?」と老婆に聞く。

娘の前のだんなとの子供だという。娘は一度近所の男性と結婚していたが、出稼ぎに行っても全く金を入れなかったため、愛想をつかせて離婚した。そして家には莫大な借金があり、出稼ぎで一攫千金を狙わなければ、一家が路頭に迷うところまで来ていたという。

「新しい土地を求めて森を開墾したり、夫婦でいろいろ苦労してきたのに、働けど働けど、借金が増えるばかり。娘婿が稼いでくれるかと期待したのに、全く役に立たなかった」
どのようにして娘が台湾に出稼ぎに行き、現在の夫と出会ったのかを聞いた。すると、一気に老婆は語調を強くして喋り始めた。

「借金が膨れ上がって、もうどうしようもなくなったとき、娘に言ったんだ。『もうだめだ。この家を助けるために、お前は何もしないのか。何でも売れるもんを売って何が悪い。***(女性の性器)だって、何だって売って何が悪いんだ!』そうすると娘は『わかった、母さん。私に任して』と言って、台湾の工場で働くことを決めたんだ」

急に彼女の語調が荒くなったことに私は驚いた。

「金がなかったとき、村人たちは冷たかった。誰も助けてくれようとしなかったくせに、今は金があるからって、態度を変えてちやほやするんだ。逆にこっちにお金を貸してくれとまで頼みに来る。私が借金を頼んでも貸してくれなかったくせに」

「この台湾人はいい人だよ。家も建ててくれた。車も買ってくれた。そして息子には牛を買ってくれた。娘と近くの町でレストランをするつもりで、今物件を探しているところなんだよ。借金も全部返してくれたし、私の病院の治療費も出してくれる。言うことないよ」

しかしすでに夫を亡くした彼女は孤独に見えた。家の隣近所の人に、同じような世帯調査をしたとき、みんな、台湾人の娘婿を持つ彼女の話をしていた。「あれだけお金があるくせに、まだ社会福祉を受けている。福祉の役人には、何も見えてない。あんな家に住んで、あんなに金を持っているのに、どうして福祉を打ち切らないんだ」

急に金持ちになった老婆には、友と呼べる人も信頼できる隣人もいない。体調が悪かった彼女は、その後入院し手術を経て、また家に戻ったが、やはり元気がなかった。でも目だけはいつもギラギラさせて、人を寄せ付けようとしない。なぜだか、彼女の怒りに満ちた目が怖くて、それ以上私は訊くことができなかった。人間の表裏を見た彼女に、どんな言葉も宙に浮くようだった。マリコ

by chachamylove2003 | 2005-09-10 22:37 | 東北タイ