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by chachamylove2003 | 2013-03-10 08:27

アジアの泥棒の慈悲

知り合いが中国の雲南省ですりにあい、中国元をほとんど全部もってかれたらしい。
でも屋台で食べる一食分の小銭は、財布の中に残してくれていたとのこと。
アジアの泥棒の慈悲と言う。

そういえば、私も同じようなことがあった。
海外にいてもそれほど危険な目に遭ってきたわけではないが、
タイで住んでいた下宿でどろぼうと鉢合わせしたときは、さすがにびっくりして声もでなかった。

20年近く前になる。
タイのコンケン大学にいたとき、大学のそばの部屋を借りていた。
小さな小さな一軒家で、小さな2階(ロフトと呼ぶほどおしゃれなものではない)が
ついていたので、私はとても気に入っていた

小さな2階の部分にベッドを置き、階下で食事や勉強をして過ごしていた。
窓には格子がついているが、窓自体のカギはゆるゆるなので、
なるべく現金は部屋に置かないことにしていた。

ある日、本を読んでいて、床に就くのが朝の4時ごろになったことがあった。
2階のベッドで爆睡していたが、なんとなく人の気配を感じて目を開けた。

私はひどい近眼。眼鏡を外すと何も見えない。
朝の薄明かりのなか、目の前に誰かの姿がぼやっと見える。
「あれ?昨日、うちに誰か泊まったかな?」

私が最初に考えたことは、昨日寝るまでの自分の行動。
「いや、一人で本を読んで、明け方寝た。誰もうちには泊まっていないはず」
ちょっと間をおいて、急に怖くなった。
「じゃあ、誰だ!目の前にいるのは!」

声が出なかった。
でも体は起こすことができた。
すると、目の前のぼやけた姿が階段を下りる「ガタガタ」という音とともに消えた。
「ぎゃー!」やっと声が出た。

実際、怖い目に合うとホラー映画の女優さんのような叫び声をあげることができないことを初めて知った。
そろそろっと、階下に降りた。
ドアが開いている。
ドアの横の窓を見ると、鉄格子が見事にゆがめられている。
そこから手を差し込み、ドアの閂を外したようだ。

「あ、カメラ」
その時一眼レフのカメラを持っていた。
あわてて確かめてみると、カメラはちゃんとあった。
それからテーブルの上の財布を見た。
中には20バーツ紙幣が一枚(60円ぐらい)。
もともと多くの現金は入っておらず、500バーツぐらいを取られただけだが、
20バーツ札は入っていなかったはず。
私のお金を抜いて、わざわざ20バーツ札を入れてくれたのだ。

その話を、タイ人の友達にすると、「タイ人は情け深いでしょ」と笑った。
向かいの人に泥棒に入られた話をすると、
「そりゃあ、怖かったでしょう。でも無事でよかった。
きっと驚いて、クワン(魂)が飛び出しているから、儀礼しなきゃね」
あれ、こんな時に、招魂儀礼か~。
確かに私はその後しばらく、夜ひとりでいるのが怖くなって、友達の家に避難していた。
魂の状態はよくなかったといえる。

もちろん部屋のオーナーや警察にも届けた。
オーナーは、怒り心頭で
「最近、泥棒が増えてんだよ。だから早く拳銃を買わなきゃ」

私服警察官が2人来て、泥棒に入られた時の状況を詳しく聞いていった。
私の部屋から朝早く飛び出していった男を、近所の人が目撃していたので、
どこの誰が犯人かというのはわかっていた。
それでその犯人の家に私も連れて行かれることになった。

一人の警官の車に乗り込むと、急にその警官は言い出した。
「私に妻はいない」
『?』
「いや、正直に言おう。以前、結婚していたが、うまくいかなくなって、妻とは別れた」
意味がわからない。これから泥棒の家に向かおうというときに、初対面の私に何を言いたいのだ?
私は沈黙を守った。
「いや、無理にとは言わない。でも勉強ばかりしていてはいけない。週末だけでも僕といっしょに人生を楽しもう」
『・・・』
泥棒と鉢合わせをしてショックを受けて、魂が抜けている私に対して、
なんなんだ、これは・・・。
そのまま沈黙を続けていると、ほどなく犯人の家であろう場所についた。
警官は、私を車に残して一人で降りて、家に向かった。
しばらくして帰ってくると、犯人はすでに逃げたため不在。
家族にはバンコクに行くと言って出て行ったという。
そしてそのまま被害届を出すかどうかの話になり、私は自宅に帰された。

その後数日して、泥棒の親だという村人がやってきた。
「村の人の目もあるし、大した金をとられたっていうわけじゃないんだから、
その分お金をこっちから返すので、被害届を出すのはやめてくれ」
つまり示談の相談。
でもすでに被害届出してしまったし、私の家に入ったのが初めてだったわけではなく、
それまでも近所の部屋のカギを壊して泥棒に入っていた常習犯だったらしいのだから、
それはちょっと応じることはできなかった。

なんやかんやでバタバタした日々をしばらく過ごしていたが、
結局、泥棒は捕まることはなかった。

「アジアの泥棒の慈悲」の顛末記でした。マリコ
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by chachamylove2003 | 2013-03-08 00:09 | 東北タイ