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メーチー・パーンの父の手記から

パーン、本名Wimutta Kunnawong、1995年12月3日、サコナコン県ブア村に生まれる。ブア村は、村の指導者たちが自分たちの生き方を積極的に探し、様々な活動をしている村である。彼女もまた小さな頃から村人の活動に参加し、支えてきた。特に彼女は篤農家の農園を見たりするのが好きだった。

夏休みともなれば、池を見つけるとどこであっても友達と一緒に水に飛び込み楽しく遊んでいた。可愛くて賢く、努力家で、誰もが彼女と一緒に遊びたかったんじゃないかと思う。

小さい頃、パーンは扱いやすい子供だった。大人のように理由付けでき、責任感があり、愛らしく、自然を愛し、他人を助けるのが好きで、友達を喜ばせながらテキパキと行動し、頓知が利いた受け答えができ、性格がよかった。

彼女は、一度チベット医になって病人を苦しみから助ける仕事をしたいと言ったことがあった。勉強のよくできる子、調べることが好きで、記憶力もよかった子。自分に与えられた仕事に責任を持ち、規律があり、服装もきちんとしていて、勉強の集中力も高かった。

いつも家庭は楽しく温かく、彼女は父が寝る前に語るお話が好きで、いつも話を聞きながら寝てしまった。

2008年2月29日 肝臓に12個もの塊が検査で発見される
   3月3日 自然に囲まれたなかでモー・キアオ(自然療法を施術する)の治療を受ける
   4月30日 バンコクの病院で検査/治療を受ける
   5月16日 帰宅の許しを得、自然療法を選ぶ。ムクダハーン県ドーンター村のモー・キアオの森で自然 療法を行う
   5月29日 日記帳をつけ始める
   6月6日  プー・パーン山脈に上り、プーマイハーオ寺院に行く決心をする。自然のなかに身を置き、瞑
想修行をし、心の平安と仏法を求めるためである。チウ村、コックトゥーム村の人たちが担架などを500メートルの高さまで運んでくれ、電気や水道を引いてくれた。しかし携帯電話の電波は届かず、不便なところだった。
  7月17日  頭髪を剃る/寿命延ばしの功徳を積む
  8月1日   僧侶、メーチー、修行者、在家信者が見守るなか、パーンの出家儀礼が行われる
  8月21日  静かに美しく肉体を捨て去った。
         息を引き取る前、胸の前で合掌した。

誰しも死から逃れることはできない。修行を重ねた人が言うには、死を恐れる必要はない。でも死ぬ前の病気による苦痛への恐怖をなくす事の方が重要である。死を前にして動じない人々というのは、時間をかけて精神を鍛え、病気や死を受け入れる。僧侶をはじめ多くの修行者が精進して理解を試みるが、なかなか成功できず、死を前にして苦しむ人は多い。

パーンは12歳の子供だった。他の子供たちと同じように遊び、大人のように精神修行を重ねたわけではない。しかし彼女は、末期がんであることがわかってから、残りの短い人生のなかで、死を受け入れることによって、安らかで美しい最期の日々を送ったのだ。近代医学の手を借りず、仏法に従い、心と体をコントロールすることで、最期の日まで痛みが彼女を襲うことはなかった。心が肉体を捨て去るまで、平穏で意識もしっかりしていたのだ。

父親だからと言って、自分の子が人より優っている、特別なんだというつもりではない。彼女の日記帳の最後のページは、2008年8月21日16:31に書かれている。その数時間後、21:40に彼女は去った。100日近くの間、彼女は日常生活をメモした。まるで痛みなどなかったかのように。どうして彼女が平穏に最期を迎えられたのか、わからない。

彼女の日記を公開することで、どうして痛み止めや医学的な治療を施さずに、死の苦しみから逃れて静かに最期を迎えることができたのか、いろんな人に考えてもらいたいと思った。そして特に死に直面している病気の人たちの何らかの参考になればと考える。
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by chachamylove2003 | 2009-10-06 01:04 | メーチー・パーン