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法事に思う

今日は法事で、お寺へ行ってきました。盛り場のど真ん中にある寺なので、いつもながら、寺の内と外の落差に驚きつつも、久しぶりの心地よい静けさに気持ちを新たにした次第。やっぱり法事は、家よりも寺でやるに限る。なんせ真言宗だから、いろんな道具が必要。銅鑼、シンバル(失礼、何と呼ぶのだろう、、、)、その他諸々、、、本堂の広さとともに、雰囲気抜群。狭い家の中で、やるより音も響いて気持ちいい(不謹慎?)。

今日は、父の十三回忌。住職が言いました。
「亡くなられてから御仏は修行に入り、今、大日如来の元まで来ました。これから先、十七回忌、二十三回忌と法要を続けることで、御仏も益々修行に専念され、、、、」
おいおい、いつになったら成仏できるの?
よく知らないけれど、これが真言宗らしい。浄土真宗などは、もっと早くで法事をやめてしまう。ちなみに、私は早死にした祖父の五十何回忌かをした記憶がある。私が生まれるよりも前に亡くなった祖父なので、当然ながら全く面識がないけれど。

現住職は、私と同年代。親に逆らい、寺を継ぐことを拒否して違う職についたこともある人だから、現代における仏教の将来を不安に思い、在家のための説明責任なども感じていている点は、私も理解できるのだが、タイの仏教との違いをますます感じてしまう。

東北タイの農村の人にとっても、亡くなった親の追善供養は大切なこと。必ずやらなければならない。でもお坊さんを呼んで法要するだけでなく、他の人にも功徳を振り分けるために、食事を振る舞い、映画や民謡コンサートなどの娯楽も提供しなければならない。そのためのお金を貯めるのに、時間がかかり、親の死後何年もたってからする場合もある。だいたいは、死後2-3年のうちに行う。

先祖代々の墓に当たるものはないけれど、最近の傾向として仏塔(ストゥーパ)を建てたり、寺院の壁の建築費を出し、そこに遺骨を埋め込むことで、日本における「墓」のようなものを作る。でもタイでは、名前のある先祖は親ぐらいまで。それ以上は、すべて守護霊化し、固有名詞もなくなる。日本的な言い方をすれば、生きとし生けるものをすべて守るようなカミとなるのだ。

たぶん何代にも渡って同じ所にいる人々と、そうではない人々とは違うのだと思う。東北タイは、1970年代に至るまで、ずっと新しい土地を求めて移住する人々で溢れていた。男ならば、実家を飛び出て、新天地で婿入りすることで、自らのネットワークを広げ、ゼロから富を築くことが当たり前だった。男性だけでなく、家族単位で移住することも日常茶飯事。墓みたいに、土地に縛り付けるものは、足手まといになった。その代わりと言ってはなんだけれど、地つながりでどこにでもある地母神や、小さな仏像など、可動性の高いものに対する信仰はあった。

地母神は、死んだ祖霊に功徳を持って行ってくれるし、親族の誰かが守る小さな仏壇は、それを知る親族全員のための寺院代わりだった。身近な肉親の霊を弔うことを、誰も忘れていない。例え、同じ場所にいなくても。

葬式や法要は、死者のためでもあり、生者のためでもある。死者を中心として、今を生きる人々が生きるための実践。私を中心とする複雑な親族関係の中、血縁関係にない叔母さんと楽しく話せたことが、おそらく追善供養の重要な意味。「あんたは、まだ若いのだから、好きなことしていいよ」ありがとう、叔母さん、ありがとう、お父さん。合掌。マリコ
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by chachamylove2003 | 2007-12-17 00:47 | 仏教

急に思い出したことー立ちション

長期間、ご無沙汰していたブログなのに、変な話で失礼します。

小学生の頃、「男の方がいい?それとも女の方がいい?」という議論をしたような気がする。たぶん授業の中で、ディベートの練習でもしたのだろう。その後もしばらく、「男の方がいい。なぜなら背が高い」「女の方がいい。なぜならきれいな服を着ることができる」などという水掛け論が、休み時間も続いた。

相対的に、女の子の方が優勢だった。男の子が、「男の方がいい」として上げる理由は、背が高い、体が大きい、政治家になれる、社長になれるなど、女性にも当てはまることばかり。それに対して、女の子が「女の方がいい」として上げる理由は、子供が産める、育てる、中には主婦になって働かなくてもいいという意見もあった。

出産など、女性にしかできないことを、子供ながらしっかり理解していたんだなあと今更ながら感心。

出産のことを言われると、男の子は黙ってしまう。彼らも、母から生まれてきたのだから。男の子の勢いがなくなってきたところで、ある子の発した言葉が、今も印象に残っている。

「やーい、女は立ちションでけへんやろ」

その時、私はショックを受けたことを覚えている。確かに、女に立ちションはできない。そう思って妙に納得したのだった。

時は流れて、場所は東北タイ農村。
いつも私は、おばさん、お婆さんたちと一緒に過ごしていた。暑いし、ノミや南京虫がいるので、私も彼女たちと同じように筒型の腰巻きをつけていた。長方形の布の端を縫い合わせ、筒型にしたもので、サイズは最大150cmぐらいまでウエストで調節できる。だから太り放題。でも洗濯も楽だから、タイにいるときは、腰巻きに限る。

数人の中高年のおばさんたちと、高床式住居の上で喋ってきたときのこと。一人のおばさんが、突然「あーー、もう我慢できない!」と言って立ち上がり、住居の端に行き、腰巻きの裾を少し広げて、外に向かって放尿し始めた。

腰巻きの幅は広い。だから、外から見えることはない。でも、、、、。

ショックだった。女にも立ちションができたのだ。

その後も、何度かおばさんの立ちションを見た。前に飛ばす人、後ろに飛ばす人。人それぞれ。ほとんどの人は、トイレが見つからないとき、座った状態で、腰巻きの裾を広げて静かに行う。立ってする人の理由は、特にない。

カルチャー・ショックとは、このことだ。

ちなみに、僧侶は、その戒律によって、立ちションが禁止されている。勢いの強い水流は、地上の小さな生き物を殺してしまうかもしれない。殺生を避けるために、座ってするのだ。

東北タイの農村に長期間いたが、未だ立ちションの極意修得せず。殺生は避けよう。マリコ
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by chachamylove2003 | 2007-12-13 17:02 | 東北タイ