<   2007年 08月 ( 2 )   > この月の画像一覧

バンコクのバス事情諸々

暑い暑い、まだ暑い。8月は日本なんかで過ごさずに、「涼しい」タイへ行けばよかったと少し後悔。タイで一番暑いのは、4月頃。特にバンコクの4月は最悪に暑い。そんな暑いバンコクでは、どこへ行くにも満員バスに乗らなければならない(電車が通っているような高級住宅街には縁がないので)。

青バス、赤バス、冷房バス。いつも満員だが、夕方勤め帰りの時間帯になると、特に満員となる。誰しも早く家に帰りたいので、満員でも我慢して乗っているのだ。

そんなとき、ちょっと変な車掌さんに会うことがある。歌手にでもなりたかったのか、タイの民謡を延々と歌い続けながら、運賃徴収に励む人。こういう人に会うと私は嬉しくなってしまうのだが、他のお客さんは全員下を向いて無表情。

でも日本に比べれば、タイの人々は乗車マナーがいい。バス会社に言われるまでもなく、年寄りや妊婦に席を譲ってくれる。単に女性であるというだけで、男性が席を譲ることもある。でも一番手厚い扱いを受けるのは、僧侶。タイのバスの優先座席には、僧侶のマークがついている。

僧侶が遵守する戒律は227もある。解釈する人にもよるので、どの程度の行為が戒律に触れることになるのか不明瞭なところもあるが、タイ人全員が、僧侶は女性に触れることが許されていないと理解している。だから不可抗力であっても、女性に触れる可能性が高い満員バスの中では、僧侶を他の客から隔離する方が、お互いのためである。

もちろん僧侶が乗車していないとき、優先座席に普通の人が座ってもかまわない。

そんなタイのバス事情に慣れてきた頃、意外に思えることがあった。いつものように満員バスの中で座っていた。僧侶が一人乗り込んできたが、人が多すぎて優先座席にたどり着くこともできず、席を替わる人もいなかった。それで私が立ち上がって、席を指さすと、さっさと僧侶はそこに座った。

何気ない行為だった。それを見ていた、一人のおじいさんが、私に話しかけてきた。
「えらい。僧侶に席を替わるなんて、あんたはいい人だ。最近の若いもんは、僧侶に対する尊敬の念がないと思っていたけど、あんたはえらい」
あらら、タイ人に褒められてしまった。今更、外国人だと言うわけにもいかず、そのまま私は微笑んでいた。その後もしばらく、若者に対する愚痴が続いた。

最近では、僧侶に席を替わる人が減ったのかな。世知辛い世の中になったのだろうか。

そう思っていたら、また別の機会に、僧侶がバスに乗れないところに出くわした。あまりにバスが満員であったため、力任せに体を車内に詰め込まなければならない状況で、僧侶の付き人が、「どなたか、僧侶に席を替わってくださる人はいませんか?どなたか、このお坊様に席を譲って頂けませんか?」と、乗車口から叫んでいた。私は立っていたので、どうしようもなかったが、座っている乗客は全員下を向くか、寝ているふりをしていた。

疲れているときは、僧侶や他人に席を譲ろうなんて誰も思わないのだろう。日本もタイも変わらないなあと少し残念に感じた。そもそも僧侶が、そんなにうろうろすること自体がよくない。付き人がいるなら、タクシー代を布施すればいいのに。

と、思っていたら、一人の男性が私の肩を叩いて、席を指さす。ここに座れというのだ。

ありがたい。私も疲れていた。座ってみたけれど、どうして私に席を替わったのだろうか。後で、友達にこのときの話をしたら、彼女はすげなく言い放った。
「妊婦に見られたのよ」
今より5キロは太っていた頃の話。絶句。マリコ
[PR]

by chachamylove2003 | 2007-08-25 22:43 | タイ諸々

石仏に想う

水俣に行ってきた。活動に関わっていた友達の案内つきだったので、いろいろな話も聞けた。でも一番感銘を受けたのは、海が見える公園にたくさん立っていた石仏だった。

鎮魂のため、宗教を超えて、いろんな人が彫った石仏。豊漁を願うえべっさんもいれば、幼子を抱えた母親もいる。大きく笑っている子もいれば、目を手で覆っている子もいる。様々な想いが込められたたくさんの顔が、海を見つめている。

その後、五百羅漢も見に行った。こちらは長年の風雨によって、かなり摩耗していた。頭のない羅漢もたくさんあった。それでも山腹に並んだ仏たち(羅漢)の姿には畏敬の念さえ抱いた。

祈りの対象として、誰かの身代わりとして、時を超えて息づく石仏。ただの石なのに人の想いが込められると、見る人をも惹きつける。石と言えどもいつかは朽ち果てる。朽ち果てれば、また誰かが彫っていく。

なんでも気持ちの問題と、思ってきた。信仰も占いも自分の心の持ち方次第。でも、こういう物を通して、また形あるものを作るという行為を通してでしか、祈ることはできないのではないだろうか。

石は彫れないけれど、木で仏像を彫ってみる気になった。これまで誘われてもノミを持つことはなかった。だけど、近くに仏師がいるのだから、これも何かの縁だと思って彫ってみよう。木の中に仏の姿を探して。合掌。マリコ
d0008374_12413891.jpg
[PR]

by chachamylove2003 | 2007-08-10 12:42 | 仏教