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悩み相談ー図書室で

他の人もそうだろうか。それとも私だけなんだろうか。

そんなことを考えてしまうことが、タイではよく起こる。
異国の地の異邦人として、一人で行動するのだから、思いがけないことはたくさんあるし、その驚きや感動が今も私の好奇心をかき立ててくれる。

タイでは、日本のAVやポルノ映画、Hなアニメが溢れかえっているせいか、日本女性はセックス・フリーというイメージがある。かつてイエローキャブって言葉も流行ったし、日本人女性が、単に日本人であるために、タイ人男性の性的関心の対象になってしまうことは確かにある。ま、そんなこと言い始めたら、どこの国に行っても同じだし、タイは世界で有数のナイト・エンターテイメントの国だから、ここでは問題にしない。

ここで言おうとしていることは、タイ人女性にとっても日本人女性のイメージはセックス・フリーだということ。だからタイにいると、ありとあらゆる種類のタイ人女性から、性の悩みや外国人男性との恋愛問題を打ち明けられる。「相談する相手を間違えているよ」と言いたいところだが、私の中の好奇心が疼いてしまうのだ。

時折、タイのお役所に資料や年次報告書などをコピーしに行くことがある。宗教局に行ったときのこと。コピー屋さんにコピーを頼んだ後、小さな資料室があったので、そこにある本のタイトルを見せてもらっていた。50 代に見える、疲れた感じの女性が図書係として座っていた。

「Are you Japanese?」英語で彼女は話しかけてきた。私はタイ語で自己紹介し、コピーができあがるまで、少し図書を閲覧させてもらいたい旨を告げた。それでも彼女は、英語で私に話しかける。決して私のタイ語がうまいわけではないが、彼女の英語よりはましだったので、一生懸命タイ語で答えていた。でもそのうちに、きっと英会話の勉強をしたいんだなと思い返し、彼女につきあうことにした。

彼女は私の分まで昼食を用意し、一緒に食べようと誘ってくれた。そして一気に若いインド人の恋人について語り出した。二人の写真も見せてくれたが、どうみても親子ほど年が違う。最初は、惚気だった。しかしよくよく聞いてみると、かなりの金を彼のために融通していたようだ。そしてもう貯金がないことを告げると、今度は言葉による暴力を受けていると言う。「お前なんか、金がなければ、誰がつきあうか。この金がないと、僕が困ることを知っているでしょ?」明らかに金目当てのごろつき。

彼女の家族について聞いてみた。夫も大きな子供もいる。「夫が言うの。お前なら仕事して稼いでくれると思ったんで結婚した。愛していたわけじゃないって。子供ができてから、セックスもない」それでも夫は彼女がインド人のために作った借金の肩代わりをしてくれたようだ。

「そんなインド人、早く別れなさい。旦那さんは、口ではそう言っているけど、あなたのことを思ってくれているよ」と言って慰めると、「わかっているのよ。夫は、いつでも帰ってきていいよと言ってくれているの。でも、私に指一本触れやしない。若い彼氏も、お金目当てだってことはわかっているのよ。でも、たまに優しくしてくれるのよ」

はあ、、、。どうして彼女が英語で私と話をしたかったのか、よくわかった。職場でする会話ではない。他の人に話を聞かれたくなかったようだ。どこまで彼女の話が本当なのかわからない。私のような外国人に、とにかく溜まっていた思いをはき出したかったようだ。

で、コピーができたので、私は帰った。なんだか疲れる話につきあった一日だった。
こういうこと、タイにいるとよくあるのです。彼女が平穏に暮らしていますように。マリコ
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by chachamylove2003 | 2007-03-30 08:53 | タイ諸々

ひな祭り

今日はひな祭りだ。

人の罪やけがれを人形にうつして、川や海に流す風習が起源だという。紙を人の形に切り、体をなでた後に流すなど、今も流しびなは残っている。これもまた日本独特ではなく、東北タイ農村でもよく見られる風習である。

ただ東北タイの場合は、主食がモチ米で、祭儀のときにも供物に必ず用いるものであるから、このモチ米を使う。蒸したものを小さく丸めて、病人の体をなで(直接皮膚につけなくても、そういう仕草をする)、病気や不運をモチ米にくっつけて取り払い、それを西の方角に投げ捨てる。人型に切ったバナナの茎を使うこともある。それに本人の服の切れ端を巻くと、人の身代わりとなって悪いことをすべて背負って持って行ってくれる。これもよく見られる。

だいぶ前にブログに書いた霊媒の婆さんは、憑依しながらモチ米やバナナの茎の供物で人に降りかかった災いを取り去ってくれる。創造霊に対して「どうか病気や災いを持って行ってくれ。そして海へ捨ててくれ」と謡う。彼女自身は、海というものを見たことがない。川も乾季になるとひからびてしまうような小さな川しか見たことがなかった。謡は口から口へと伝承されてきた。海から遠く離れた東北タイのど真ん中にいた婆さんが行ったこともないような遙か彼方から、謡は伝えられたのだろう。歴史の重みを少し感じた。

ちなみに町中にちらつくお雛様を見ていて違和感を感じた。どうしてだろうと考えてみると、私が小さい頃は、向かって右にお内裏様、左がお雛様だったような気がする。今改めて、周りを見回すと、向かって左がお内裏様、右がお雛様。

調べてみると、向かって右=男、左=女は古式だそうだ。明治までそうだったようだが、すべてのものが西欧化する中、右=女、左=男になったそうな。大正天皇の立つ位置は、右=女、左=男の西欧式。ちなみに私の母は大正生まれ、父は明治生まれ。うちの家は極めて古風だったわけだ。

笑点の司会者は左、山田君は右から出てくる。なるほどと思った。右であろうが左であろうが、上座や高貴な人の立つ位置が変わっただけのこと。その位置を男が占めている点では昔も今も同じ。
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by chachamylove2003 | 2007-03-03 23:16 | 東北タイ