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猫派と犬派

フィリピンで犬に噛まれた人が、狂犬病を発病して死亡。
そう、タイにもまだまだ狂犬病が蔓延している。
しかも私は犬と相性が悪いらしく、意味もなく唐突に噛まれることがある。

例えば何気なく市場を歩いていると、脹ら脛に急に痛みが走ったので振り返ると、犬が私の足に食らいついている。ただ静かに歩いていただけなのに、なぜ?
しかたなく薬局に行って消毒してもらったけれど、「狂犬病の危険性は?」と聞くと
タイ人薬剤師は「このあたりは大丈夫。撲滅したから」と言う。
でも私は知っているのだ。病院には常に狂犬病のワクチンが結構大量に備蓄されているのを。つまりまだまだ狂犬病は多いのだ。
でもまあ、どこに行ってもワクチンが手に入るということで、日本にいるより安心はできるけど。

吠える犬は噛まないというが、タイでは吠える犬も噛む。もちろん吠えない犬も噛む。
よく路地裏で多くの犬(放し飼いされた犬)に囲まれて「チュアイ・ドゥーアイ!(助けて)」と叫んでいる私。助けが来てくれるだけ、ましだと思わなければ。

それに比べて猫はいい。人間に媚びを売らないし、皮膚病も少なく清潔そうだ。

タイのお寺にいると、犬やら猫やら、人間も含めて多くの動物が集まってくる。その中で猫だけは特別扱い。仏像の膝の上に乗っていても、人間もそれほど怒らない。犬なら棒ではたき落とされるのに。そのためキンキラキンの仏像は、猫に取り囲まれて暖かそう(暑そう、、、)。

タイにも猫派がいる。私もそうだから自然とお互いを識別することができる。

猫を見ながら、猫談義。
「マリコ、猫には功徳があるんだよ」
「どうして?」
「お釈迦さんが食べる米を食うネズミを捕ってくれるだろ。だから功徳を積んでいるんだよ。だから犬とは違う」

善行によって功徳を積むこと。そしてその功徳の多寡によって来世の地位が決まる。今、私がここにこうして人間として生きていられるのは、前世においていいことを積み重ねてきた結果。もっと功徳を積めば、来世かその次の来世ぐらいには輪廻を解かれ、転生から解脱できるのかもしれない。いやいや、あのブッダでさえ、200回以上転生を繰り返してやっと解脱できたのだ。私にはまだまだ無理なのだろう。

今、猫であるものは、前世で魚だったのかもしれない。人に喰われ自らを犠牲にして人を養うことで功徳を積み、少し位が上がってほ乳類になったのかも。そしてブッダの食を助け、人の米を守るという善行でもって、きっと来世には人間に近いものに生まれ変わるのかもしれない。

この位階的な世界を下から上へ上がるのは、並大抵のことではない。なぜなら位階の低い昆虫などは、善行を行う手段をほぼ持たない。人間の位が高いのは、金や行動によって命を助け、善を行う手段をいろいろ持っているから、よけいにその地位の向上に拍車をかけることができる。

可哀想なのは、功徳を積まないまま死んだ子供。生きている時間が短すぎて、功徳を積む間もなかった。そんな子供の魂は、なかなか生まれ変わらない。その子のことを覚えている人がたくさんいて、常に心に思い善行を続ければ功徳を転送することができる。

それでも、やっぱりよぼよぼになるまで生きた年寄りの方が有徳。生きている姿を他者に見せるだけでも、人の励みや助けになる。

うちの猫は功徳を積んでいます。私の心の支え。殺生もしない。
だからきっと来世では、どこかで人間として出会えるのではないかと思っている。
合掌、マリコ
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by chachamylove2003 | 2006-11-28 00:23 | 仏教