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タイの犬とバケツ

ペット・ブームは世界規模のものらしい。タイでも、日本と同じように小型犬を家屋内で飼う人も増えている。でも、やはり多くの人々にとって、犬は人間になれなかった生き物であり、番犬として利用するために飼うのであって、擬人化して猫かわいがり(?犬かわいがり?)することはない。

東北タイの農村でも、多くの家が番犬として敷地内に犬を放し飼いしていた。犬は賢い動物だから、塀などがなくても、自分の飼い主家族が屋敷地内として認識する場所を、自分のテリトリーとしてきちんと把握していた。

私が泊まっていた屋敷地にはナークが飼われていた。ナークは年寄り犬で全身傷だらけ。私を身内だと認識してくれていた。

タイ人の犬の飼い方は、放任のみである。動物と人間は異なるため、人と同じ場所に座ることも許さない。仏教的世界観で言えば、人より数段下級な生き物なのだから。そして放任であるが故、常に汚くノミだらけである。不潔だから、もちろん犬の頭をなでようなんて思わない。

でも私は、ついつい犬の頭を触って、「ナーク」と呼びかけていた。そうすると、撫でられることに慣れていない犬は、一瞬びっくりするが、すぐにその心地よさに気づき、私の虜となる。私が座れば、そばに寄り添い、動けば一緒に動こうとする。

数ヶ月留守にして、久しぶりに帰ってくると、手の指が生暖かいときがあった。ふと見ると、ナークが私の手をなめている。村人は「汚い、あっち行け!ナーク」と叫ぶが、私は歓迎されたような気持ちになる。

私にとっては、貴重な存在のナークも、家族にとっては、他の家の鶏を殺したり、意味なくお客に吠えかかったりと評判はよくなかった。

ある時、私がまた村を留守し、帰ってくると、ナークが見あたらない。
「ナークは?」と聞くと
「バケツと交換した」との答え。

ショックだった・・・。

農村を定期的に回ってくる車がある。犬を集めて、犬肉市場に売る業者の車で、犬を渡せば、バケツを一つくれる。その車が回ってくる時は、村中の犬が怒り吠える。車上の檻に入れられた犬たちは、すでに自分の運命を知るかのようにおとなしい。

ナークは、屠殺場に連れて行かれてしまったのだ。

「連れて行かれるとき、ナークは暴れた?」と聞くと
「いいや、自分の運命を知ってか、静かだったよ」と、あっさりしたもの。

その時、つくづく私、ここでは生活する自信がないと思った。

西洋的な動物愛護精神がすばらしいものだとは全く思わない。
でも、、、あれだけ仲がよかったナーク、そして私がナークのことを好きだと知っていたタイ人家族。それなのに、私の不在中いともあっさりバケツと交換するとは、やはり私と家族との絆は幻想だったんだ、、、。

黙ってしまった私に、皆は顔を見合わせ困っていた。
「年寄りだったから、また今度新しい犬をもらってくるから」と慰められてしまった。

でもやっぱりショックだったのです。バケツを見ると、やはり犬を思い出してしまう。

人それぞれ価値観が違うのだけどね。ナークに合掌。マリコ
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by chachamylove2003 | 2005-11-26 21:55 | 東北タイ

タイの映画shutter

最近のホラーものなのだ。心霊写真、鏡、ベッドの向こうから這ってくる幽霊、ミイラ、愛する人に裏切られ、レイプされ、失意のうちに自殺した女の霊などなど、これまでの有名な海外のホラーもののモチーフがてんこ盛り。パロディとしてみれば、笑える。

でも考えてみれば、ホラーって古いモチーフをどう新しく編集しなおし、怖がらすことができるかというところが重要なんだから、こんなものなのかなとも思う。

ホラー映画、というより幽霊(ピー)が出てくる映画は、その地域の土着の信仰をみごとに反映するという点で、私は好きだ。その国の人間をまず楽しませようとして作るのだから。その点で言えば、この映画は海外を意識して作っているみたいでおもしろくない。

パロディ満載で、怖くておもしろい方向に進むか、またはこれもよくあるが、か弱い女性を使って幽霊を退治してしまうというフェミニズム的方向に進むか、という二つの方向性を考えてもおもしろい。

最後、結局幽霊に取り憑かれた男性の彼女は、過去の彼のひどい行いを知って、出て行ってしまう。過去は許し、一緒に幽霊と戦いましょうね、とはならなかったところがいい。

映画の中で出てきたが、中国寺の救急隊の、あの事故処理の写真の数々は、私もいつも食い入るようにみてしまう。地方のバスターミナルにも、「事故を起こすとこうなりますよ。だからスピードには注意しましょうね」という意味で、事故直後の写真をよく飾っている。

蛙のようにつぶれた死体、手があっちで、足がこっちというバラバラ死体、死後時間が経ってふくれあがった死体、これでもかというように、死を身近に感じるよう、並べられた写真は、ほんとうに迫力がある。実際、事故が多く事故死が多いタイの地方で、何度も死体に出くわしたこともある。

「カム(業)」や「ウィンヤーン(魂)」などと名付けられた雑誌もよく売れている。たまにバスの中などで読んでいると、まわりの人が首を伸ばして一緒に読もうとする。読み終わって、膝の上に乗せて、うたた寝をしていると、いつのまにか私の雑誌は回し読みされて、バスの座席の遙か彼方へと運ばれていってしまう。それほどまでに読みたいものなのか。

それにしても映画の作りは、うまかった。やっぱり見ていて怖かったもの。次は、もっとパロディったホラーものがみたいなあ。

ついでに言うなら、暑いタイなのに、どうして映画の中の俳優さんたちは汗もかかずに涼しい顔をしていられるのだろう。ぞっとした。マリコ
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by chachamylove2003 | 2005-11-20 00:55 | タイ映画

東北タイ・新型占い師


ヌーカイの年の頃は、50才そこそこ。痩せて、肌は黒く、いつも疲れた顔をしているが、目だけは大きくぎらぎらしている。

彼女は占い師。毎朝、多くの人が車で彼女の家の前までやってくる。息子が台湾へ出稼ぎに行けるだろうか?行かない方がいいのだろうか?今度宝くじを買ってもいいだろうか?当たるだろうか?当たりくじの番号は?

タイ人は占いが好きだ。占い好きに、社会経済的環境の違いなど全くない。政治家にも信頼する占い師がいるし、占い関係の本も多く出版されている。日本でも占いブームなのだろうけど、タイの場合、本で見るよりも直接有名な占い師の元に人々が群がるのだ。例え、何百キロ離れていようと、「当たる」と言われる占い師を探し回る。そのねばり強さには脱帽する。

もともと彼女の母方の祖母は、治療儀礼も行う霊媒師だった。その娘であるマイは、未婚の母としてヌーカイを産んだ。妊娠したことを知った相手の親は、「財産もないくせに」と蔑んだため、彼女は一人で産んで育てる決心をした。その後の生活は兄弟たちに頼りながら、様々な苦労があったようだ。

そのため一人娘であるヌーカイには、信用できる相手を見つけようと、仕事ぶりを気に入った男を半ば強引に娘の婿として選んだ。ヌーカイは母のいいようにと結婚に承諾し、息子一人、娘3人の家庭を持った。

しかし生活は苦労続きだ。母は足が悪く、家で寝たきり状態。ヌーカイの夫は、出稼ぎに出ていたこともあったが、結局いろいろな事情で家にいて、孫の世話をする程度。末娘は、生まれながらに知能に障害があり、言葉が不自由で、簡単な仕事以外理解できないようだ。一人息子は父と喧嘩し、幼い頃から家出。10年も経ってから帰ってきたが、子持ちの年上女性を連れてきた。でもその女にも捨てられた息子は、覚醒剤に走る。薬をやめさせる目的もあって、出家させていたが、寺でも覚醒剤をやめないため、村中の問題となっていた。還俗してからは、これまた、どこで何をしていることか。長女は、仕事のない夫と子供を連れて同居し、次女は夫と別れ、子供を親に預け、台湾に出稼ぎに行ったが、何か事情があったのか、いつのまにか帰国してバンコクで働いているらしい。

娘を海外へ行かせるために作った借金や、日常的な浪費のために、今や大きな借金を抱えることになってしまった。そんな時、突然彼女は占い師として出現したのだ。「彼女の占いは当たるよ」と近所の人が言い、その噂は遠くまで広がることになった。

彼女に占い師の師匠などいない。ただ目を閉じて精神を集中させると答えが浮かぶのだと言う。

農村の占い師の手取りなどは、たかが知れている。多くのお金を受け取ると、その人の超自然的力がなくなると言われているため、彼女も多くを要求しない。例えたくさんの人が来ようと、そのお金で彼女の借金がなくなるわけではない。日々の食費の当てにするぐらいだ。

そんな微々たる収入を、彼女の夫は闇宝くじにつぎ込み、一攫千金を期待。もちろん彼女も家族たちも宝くじが大好き。そしてつぎ込みすぎて、結局大損。そして借金だけが、利子とともに大きく育っていくのだった。

しかたなく老体にむち打って、また新たに借金して、彼女は韓国へ清掃の仕事をしに行った。多少の稼ぎはあったが、売春できるような年頃ではない。ちょっとだけのお金を持って帰ってきた。その後は、また同じ生活。なるべく村の中ではなく、田んぼの東屋で過ごそうとしているようだ。

たまに私に会うと言うのだ。
「日本へ行くとたくさん金が稼げるだろ。マリコ、うちの息子と結婚してくれないか。助けると思って。そして日本で稼いで、借金を返さないと。たんに配偶者ビザのためだけだよ。本当に結婚(関係を持つこと)しなくていいからね」

私もそこまでボランティアできません。マリコ
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by chachamylove2003 | 2005-11-15 00:59 | 東北タイ

タイの映画Kha Nam Nom母乳代

監督チャウ・ミークンスット、主演スラポン・チャートゥリー、1981年作品

カー・ナム・ノム(母乳代)、タイではよく使われる言葉。母が子供を育てたお返しとして、支払われる婚資のことを呼ぶが、広く母の恩のことを意味する。

男なら結婚前に出家し、母に恩を返すこと、女なら結婚しても親の面倒を見ることがそれにあたる。母が息子の出家に対する多大な期待は、尼僧の伝統が消滅してしまった上座仏教世界において、女性が出家できないために息子を出家させることで、積める功徳を補おうとするからだと言われる。

功徳のためなのか、それ以外の理由もあるのか、一概には言えないが、タイでは得度式を行う前に、必ず民間バラモン式の儀礼を行い、そこで母の恩がどれだけ偉大かという話をとうとうと聞かされる。その後、やっと僧侶による得度式が行われるのだ。

息子を出家させるために、母は金を用意し、式を盛大にし、多くの人々を巻き込んで祝ってもらう。社会的にも一人前だと認められる通過儀礼でもあるのだ。

映画では、父を強盗に殺されて、残された母と息子二人が登場する。この頃のタイ映画にありがちだが、善玉は善玉、悪玉は悪玉とはっきりしていて、善玉である主人公は苦労するのだ。

兄は父の仇を撃ち殺してしまい、自ら強盗となってしまう。しかし悪者だけから金を奪い、貧しい人にその金を分け与える義賊。人々からは慕われるが、母や弟には理解できず、勘当状態。それで強盗をやめて、働くようになるのだが、弟は理解してくれても、自首しろという母からは怒りの言葉ばかり。

主人公である兄は、善人であるのに、悪者に他の罪まで擦り付けられ、果ては自分の恋人まで殺されてしまう。そして弟の方は恋人を妊娠させてしまうが、彼女は悪者一家の娘。母のために出家してから迎えに来るという弟が去った後、無理やり子供を堕胎させられそうになる彼女を、兄が助けに来る。これまでの数々の悪行に頭に来た兄と悪者たちは、撃ち合いになってしまう。仲間を殺されて一人になるが、彼は弟の出家に立ち会いたくて、寺へ向かう。

途中、指名手配されているためつかまりそうになるが、これまで彼が助けた人々が守ってくれ、真実が、悪者の悪行が明らかになる。自首を勧められるが、彼は母と弟に会いに行く。

弟は出家し、黄色い袈裟に身を包み、母はうれしくてたまらない。でもやってきた兄を追い返そうとする。母の許しを得ることができない彼は、母の手によって殺されようとし、女性に暴行し母に銃を撃たせるよう仕向ける。そして母は自分の子供を撃ち殺してしまう。

最後はどうなることかと、楽しみにしていたが、結局死で終わるのか。やっぱりパターンがあるよな、と思った。荒くれ男たちに囲まれる中、母は強かった。娘や息子を守るために、戦っていた。展開が極端なのだが、たぶんこの頃の映画っていつも説明的なのだから、こんなもんだろう。

それにしても若い頃のスラポンは、やっぱりかっこいいなあ。年いった今もいいが。
マリコ
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by chachamylove2003 | 2005-11-10 03:07 | タイ映画

Tai Orathai ルークトゥン・モーラム

2005年今年タイに行ったとき、手に入れたターイ・オラタイのCDがお気に入り。ターイは「死ぬ」というタイ語ではなく、うさぎさんの方。カタカナで書くとややこしい。

ターイ・オラタイは、東北タイ出身の歌手。今、すごくヒットしている。若くてきれいな女性だが、東北タイの若い女性たちに絶対的人気がある。

彼女が歌う歌は、タイ語に地元イサーン語を少し混ぜたもの。それを少しだけ東北タイ地元の民謡であるモーラムの節を加えて歌い上げる現代的歌謡曲(?)。

そもそもルーク・トゥン(田んぼの子)は、都会に出稼ぎに来た地方の人々が郷愁をこめて歌い上げるタイ風演歌だった。バンコクで働くのは辛い、早く田舎に帰りたい、田舎に残した愛しい人はまだ僕のことを待っていてくれるだろうか、、、、といった歌詞が多かった。

ターイ・オラタイの歌も、バンコクに出てきた地方出身者が主人公。でも以前のルークトゥン・モーラムと少し変わったことと言えば、彼女自身が地方から夢を求めてバンコクに出てきた東北タイ人であるせいか、歌詞の主人公は若い女性なのだ。大学に行きながら働き、夢を求め、愛を求め、毎日奮闘している女性。一人で頑張り、誰かに頼りたいけど、今は一人で我慢するわというもの。そこにかつて描かれていた郷愁の思いはない。

現代風に、前払いカード式携帯電話が頻繁に登場し、恋人への思いを伝えるのに重要な役を果たす。カラオケVCDの画面に、緑の田んぼや森は登場しない。バックは、都会の高層ビル群、スラムのバラック、汚い路地裏、そして工場、授業風景、小さな小さな暗い部屋。

バンコクに出稼ぎに来て、いつかは田舎へ帰るんだという意識は、もはや今の若者にはない。農村にしても、人口増加と開墾の限界のため、誰もが耕作地を手に入れるような時代ではなくなった。

東北タイの労働者は、これまでも常にバンコクで低所得層を形成していた。学歴もなく、コネもないままでは、いい給料の職につける手段がなかった。全体的に経済が上向きなタイの現在でも、あまり状況は変わっていない。誰もが高校を卒業し、多くの人が大学に行くようになった。だからよけいに大卒の失業者も増加。

でも意識は変わった。歌の中の女性たちは、田舎を逃げ場にしていない。常に前向き。

バンコクに住む村出身者の元を訪れて、そんな若い女性たちにたくさん会った。外国人相手のみやげ物屋、工場などで働きながら、大学に通う。例え、途中で挫折するにしても、失望するにしても、夢はないより、あるほうがいい。

ほんの10年ほど前まで、大学生ができるバイトは限られたものだった。なぜならウエイトレスや店番などは、それこそ月1000円にも満たないような安い給料しかもたらさなかったから、学費の足しに全くならなかったのだから。

今、知り合いが働くみやげ物屋で夕方から真夜中まで働き5000-8000バーツ(1万5000円から2万4000円。公務員の初任給が8000バーツほど)。これなら節約すれば、大学に通える。睡眠時間は少なくなるだろうけど。

おばさんマリコとしては、がんばってほしいなと願わずにはいられません。マリコ
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by chachamylove2003 | 2005-11-07 00:52 | モーラム

ナーンの娘

いつもお世話になっている東北タイの村のナーン。年は私と同じぐらい。でも大きな子供が4人いる。体重も私の倍はあろうかという、外見肝っ玉母さん、内面は気の弱い女性。

高校生の娘が遊びでバイクに乗り、目の前でコケて、腕を切ったとき、ナーンは血を見て「私の娘が、娘がーーーー!」と泣き叫び、倒れてしまった。当人は傷口をもう一方の手で押さえながら「お母さんをおねがーい!」ときわめて冷静。たいした傷ではなかったんだけど、きわめて気が弱い。

娘が3人、息子が一人いるが、長女はバンコクの工場で働くうちに婚期を逃し、次女はバンコクでいつの間にかお腹が大きくなって、帰ってきた。生まれた子供はバク・フアで、それは以前にもブログに書いた。バク・フアが死んだ今は、また別の男とバンコクで同棲しているという噂。一人息子は、勉強もせず、高校に行っても不良仲間と遊んでばかりで、いつのまにかバンコクに出稼ぎに出たが、職を転々として一銭の給料も送ってこない。

三女は、地元の高校ではなかなか成績がよかったので、ナーンの期待の星だった。でも、どこの大学も受からなかったので、バンコクのオープンユニバーシティに行きながら働いている。いつかは学位をとって、いい仕事について、、、、と夢は膨らんでいたが、これまたバンコクで男と関係を持ってしまったらしく、結婚すると、男性が親を連れてやってきた。相手は、何をやっているかよくわからない10代の子供。

関係を持ってしまったものはしかたないと、婚約だけした。しかたないとはいえ、ナーンの落胆振りは相当なものだった。私が久しぶりに会ったとき、体重はかなり落ち、見た目にも元気がなかった。結局未だにどの娘の結婚式もできないのだ。

ナーンには、娘たちが働くバンコクの事情などわからない。ほとんどバンコクに足を踏み入れたこともないのだ。ちょうどナーンが娘だった頃、まだ未婚女性が出稼ぎに出るという風潮はなかった。未婚女性がバンコク近郊の工場などに大挙して出稼ぎするようになるのは、80年代後半のことだった。

遠くの森にまで食材を探して歩き、サトウキビ刈りや田植えの手伝いをして何とかやっている。借金するのは大嫌い。夫が土地を担保に耕運機を買った以外は、金がないなら、ないまますごしている。太っているので自転車やバイクにも乗れないから、町に出ることもほとんどない。

私にとっては、とても伝統的な女性に見えた。親が決めた結婚をし、まじめに親の田畑を耕し、機織や養蚕も母から習ったので得意。でも人前に出るのは恥ずかしいと言って、婦人会や寺院の行事などは極力避けている。夫よりもキョウダイや母親と居る方が楽しそうで、夫はいつもどこかをうろうろして家にいない。

いつもそばに住む女きょうだいたちと、わいわいがやがや、一緒に食事を作り、一緒に仕事をして、一緒に食べて、一緒に寝転がってテレビを見て、暮らしていたのに、子供たちは全員巣立ち、他のきょうだいの家族もそれぞれの台所で食事を作り、それぞれの家のテレビを見るようになった。

ナーンのやせた肩が悲しそうに泣いている。寂しいんだろうな。

バンコクに出たとき、ナーンの三女が働くみやげ物屋に寄った。「お母さんが寂しそうだから、連絡してあげて」と言うとともに、「結婚するのは早すぎる。大学を卒業するまで結婚するな」と言うために。

「わかった」とは言っていたけど、、、、。

こういう話は、今のタイではよくある話。若い人の行動を年寄りたちは嘆くばかり。いつの時代でもたぶん年よりは、子供に期待し、裏切られ、そしてその繰り返し。

娘もいい子だし、ナーンもいい人。どうして人生ってうまくいかないんだろう。マリコ
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by chachamylove2003 | 2005-11-07 00:07 | 東北タイ