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業の相手・タイ的赤い糸

日本でテレビを見るときは、<こんなつまらない番組を見るのは、時間の無駄>と思う気持ちが強く、なかなか集中してみることはないのだが、タイにいると<テレビを見ることも社会勉強だ>と思えるので、結構連ドラにはまるのだ。

日本でも以前話題になったkhu kam(業で結びついた二人)、日本風に言えば、赤い糸でつながった二人とでも言うのだろうか。とにかく人気番組で「業」が出てこないことはない。

2000年の私のお気に入り番組もまた「業」がらみだった。現世で出会った男女が、縦横無尽に数多くの前世、そして来世へと飛んでいき、自分たちの「業」を確認するというものだった。現世では精神科医と患者という関係、しかしどこかお互いに惹かれあうものを感じる。一つ前の前世では、不倫関係で女性が自殺、その前は盲目女性、その前は・・・・そしてさかのぼることアユタヤ時代、フランス人通訳としてタイ人とフランス人の両方に嘘をついて出世しようとしていた男が、地元の首長の妻と愛し合うようになり、自らの手で自分の子供を妊娠した、愛する彼女を殺してしまうというもの。そして前世における記憶をたどった二人は、お互いの愛を確認し、「たくさん功徳を積んで、来世でも一緒になりましょうね」と話が終わる。

町の屋台でも学食でも家の中でも、テレビがあるところでは皆この番組を見ていた。人気テレビ番組は、いろんなことを考えさせてくれる。

まずタイで前世をさかのぼっても、せいぜいアユタヤ時代まで(14世紀から18世紀)のことなんだと言うこと。タイの歴史はこれより前はないのだ。スコータイ時代もあるのだが、アユタヤ王朝以降の王朝は、歴代アユタヤを模範としてきた。タイの正史はここに始まると言ってよい。

そして現世の出来事は、すべて前世の行いによって決まるという考え方が根強くあるということ。現世で夫婦である者は、前世でも夫婦であり、また来世でも夫婦となると言う人は多い。nua khuという言い方もある。夫婦とは双生児のようなカップルであり、nua khuと出会うと、「ああ、この人だ」とすぐわかるのだと言う。肉体的にも自分の片割れ、二人でひとつの存在。結婚していない私にも多くの人が「まだnua khuと出会っていないのよ。誰でも絶対に出会うことができるから待ちなさい」と励ましてくれる。

テレビドラマの中では、女主人公と男主人公の恋愛が様々な障害によってなかなかうまくいかない。その原因を、アユタヤ時代において男性が不倫相手とその胎児を自らが殺したことに求めている。不倫自体、仏教の戒律に反することだが、それにもまして愛する相手と子供を殺したこと、そして妊婦の死は大きな災いをもたらすものとして捉えられていることを合わせると、その業は非常に重い。

妊婦の死は一人の死ではなく、胎児の分も併せて二人分の生命が絶たれたことと、母の子に対する愛情を合わせて、魂がなかなか成仏できないとされる。化けて出ることも多いし、死んだ妊婦のあごのから抽出した油は、強力な媚薬だと信じられているため、死体を掘り出して高値で売りさばこうとする輩は多い。死体の写真や超能力者を紹介するような怪しげな雑誌の広告には、今もこのような媚薬の通信販売が載せられている。需要は多いのだろう。

ちなみに私も村人たちから「悪霊化した」と避けられていた老婆に気に入られて「媚薬」をもらったことがあるが、怖くて使ったことがない。試しに使って効果があっても困るというもの・・・。

ドラマの最後は、愛を確認した二人が「たくさん功徳を積みましょうね」と終わるところが、とってもタイ的でおもしろい。男主人公は、アユタヤ時代、白人との混血で私生児という設定だった。それが何回も転生するうちに、徐々に社会的地位が上がっていく。最後の数回は西欧で教育を受けた医者という設定。家もお金持ち。医者は、人を助ける職業であるため、日常的に功徳を積んでいる。そのため女主人公と再び会うことができたのだ。

善行を積めば、何かいいことあるかな?と思いながら、チャンネル権のない私は、どこへ行っても人の家でテレビをご相伴させてもらっている。こんなこと、できるのは、私の前世での行いがよかったからか?マリコ
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by chachamylove2003 | 2005-07-22 10:55 | タイ諸々

不慮の事故

以前も登場したソムバット叔母さん。叔母さんの家は、田畑に隣接した、村のはずれにある。広い敷地内には多くの果樹、牛舎に豚舎、昼寝用のハンモック。乾期の暑いときも、ここなら気持ち良い風が吹き、居心地いいこと、この上ない。お喋り好きな叔母さんとゴロゴロ昼下がりを過ごしているとあっという間に夕方になる。

私が同居するトンマー母さんは、ソムバット叔母さんのことが気にくわない。
「口がうまいのよね。ああ言ってるけど、実は・・・」とすぐに陰口が始まる。そして私には、「またソムバットのところに行っていたの?マリコは、ここより彼女のところの方が好きなのよね」

ソムバット叔母さんは、草木染め機織りの婦人グループを率いている。そしてそれを基盤に小さな頼母子講のような組合活動にも関わる。夫は地元行政区の議員をしているため、次回の村長選挙には自分が村長に立候補するとまで言う。権力のある人が大好きで、役所関係の集まりがあると、女性の中では一番にはせ参じ、郡長や郡の警察官、お役人、地元政治家と非常に親しい。私をどこにでも誘って一緒につれて歩くのも、日本人というブランドを人に見せたいのだろう。

こんな人物はどこでも好かれることはないだろうが、彼女の場合は、やり手婆になる前に事故にあってしまった。そして村中の人々の同情が集中した。

バイクから落ちて頭を打ち、生死も危ない意識不明の状態が続いたとき、毎日村からトラックがチャーターされ、多くの村人が病院への見舞いに向かった。年寄りたちは、彼女のクワン(生魂:事故などによって体から抜け出てしまい、早く体内に戻さなければ死んでしまうと考えられている概念)を拾いに、事故現場に行き、また別の年寄りたちは、クワンは彼女が生活していた家にあるんだと言って、家の周りでクワンを拾って、病院に持って行った。彼女がバイクから落ちたのが、町の守護霊の祠の前だったため、霊感のある女性が守護霊の元に向かい、彼女の命を持って行かないよう拝んだ。

また、村の宗教儀礼を司る男性が、夢で、村の守護霊が彼女の夫に対する怒りを表したと言ったので、村人は彼女の夫が行政区の役員に立候補するとき、村の守護霊に当選するよう願をかけたにもかかわらず、お礼参りをしていなかったから、彼女の方に災いをもたらしたのだと噂したため、夫はあわてて花を買い、村の守護霊の祠に向かった。それを見ていた他の役員は、自分の家族にも災いがもたらされては困ると、花を持って後を追った。

村中が不慮の死を恐れ、その災いが自分にももたらされるのではないかと恐れ、パニック状態に陥った。そんな中、二人の年輩女性と私だけが、寺院で八戒を遵守する修行を行い、心を平静に保つよう努力していた。私にとっては不思議だった。誰もが彼女のことを心配するのに、誰も寺院で祈りを捧げようとする人がいなかったから。

「あんなに功徳を積んだ人だったのに、事故に遭うときは遭うんだね」

ソムバット叔母さんは、何でも派手なことが好きだったので、寺の行事も大好きで、戒律を守って寺院で過ごすことも、大きな行事のとき先頭に立って、布施を集めることも大好きだった。功徳は積めば積むほど、災難から逃れることができる。そう考えられているはずなのに、こんな大きな事故に遭うなんて。

結局、彼女は死から逃れることができた。しかし脳に障害が残り、日常生活は元に戻ることはなく、今も家で静養している。

「やっぱり功徳をたくさん積んでいたから、死ぬことから逃れたんだね」
これが最近の村人の見解。トンマー母さんも、もう彼女の陰口をたたかない。
「寂しくなったねえ」
ええ、本当に。マリコ
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by chachamylove2003 | 2005-07-11 16:21 | 東北タイ

ノックの死

東北タイのコンケン大学大学院に通っていたとき、外国人だということで、いろいろ戸惑うこともあったが、いつもそんなとき、助けてくれたのがノックだった。

彼女は学科付けの事務員。当時は公務員ではなかったため、給料も待遇も悪かったが、彼女は多くの事務員の中で一番優秀だった。書類の手続き、手紙の書き方、その他、先生に対する態度まで、適切に指導してくれ、様々な場面で素早い仕事をしてくれたおかげで、私を含め大学院生はなんとか卒業したようなものだった。

夫は大学病院で薬局助手として、お母さんも清掃員として働いていた。二人の娘は、かわいく素直で、毎日夕方家では家族が集まり、いつもわいわいとにぎやかだった。よく私も夕飯に呼んでくれた。愛に満ちた幸せな家族を実践しているような風景で、うらやましく思っていた。

ところが、2000年に私が行った頃から、「最近顔の半分が、しびれた感じがするのよねえ」と言いだし、いろいろ検査をするうちに、脳内腫瘍だということがわかった。レーザー治療に化学治療。いろいろやってみたが、腫瘍が脳の重要な部分に近すぎて、手術もできず、徐々に様態は衰えていくようになった。

自宅と大学病院が近いため、ほとんどは自宅で療養していたので、私も暇があれば見舞ったが、行くたびに、いろいろな寺院に誘われた。お母さんは、娘の病気を聞いてから、より一層いろいろな寺や僧侶に頼りだし、毎週のように家族で布施をしに行くのだ。時折私も一緒にいくことがあった。一度は、お母さんと私と二人で、10日間の一時出家をしたこともある。

ノックの癌発見と時を同じくするように、お兄さんの肝癌もわかり、お母さんは心労のため、言動までおかしくなってしまった。私に、突然、これまでどれだけ苦労してきたかを延々と語り出したり、そうかと思うと、日本に行きたいと言い出したり。願をかけているのか、家でも夕食を取らなくなった。

そうこうするうちに、何度もノックの容体は急変し、そのたびに大学病院に担ぎ込まれるようになった。痙攣する体を押さえつけ、夫も娘も一生懸命だったが、誰一人愚痴る者もなく、いつもほほえみを絶やさない、そんな家族。これほどまでに愛する人たちに囲まれて、どうして35才の若さで、癌になるのだろうか。

ある時、自宅に見舞った時、頭痛がひどく、顔が腫れ上がり、そのせいで眼球が飛び出そうなノックに対面したことがある。娘の一人が、顔の汗を拭き、「痛いの?痛いの?」と、小さいのに一生懸命介護している。私に気づいたノックは、「ありがとう」と言った。彼女の手を握る。白くて小さい手は冷たかった。手のひらを開いてみると、利発で明るい性格と生活の苦労が手相に現れていた。

「マリコ、私は長生きできる?手相はなんて言ってる?」

「長生きできるよ。幸せな人生を送るって書いてあるよ」

私もノックも涙が出て止まらなかった。

私が日本に帰った数ヶ月後、彼女は逝った。
お母さんは、ますます寺通いに拍車がかかったようだった。日常生活は、続いていた。娘たちも一段と大きくなったようだった。

また一人、タイで会いに行く人が減った。合掌。マリコ
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by chachamylove2003 | 2005-07-09 10:24 | 東北タイ

東北タイの手相見ー私

ときおり平均的美人はいいなあ、芸ができる人はいいなあと思う。行ったことのない土地で、地元の人々と最初、仲良くなるには、美形が得なのは確か。やっぱ、みんなちやほやしますよ。そうでなくても、人を引きつけるような話術、手品にパントマイム、、、、なんでもいいけど、私にはそのどれもない。そこで思いついたのが、手相見。

何冊か本を読んだだけの、怪しげな占い師だが、これが結構当たるのだ。

例えばこんなときに使う。東北タイ農村で調査する途中、仏頂面したおばさんから話を聞かなければならないのに、私の聞くことに全く注意を向けてくれないとき。人と喋る時間がないほど忙しいわけではないのだが、私のような外部者と喋るのが嫌なため、意識的に無視しようとしているのがありありとわかる。そんなときは、調査項目なんか置いておいて、いろんな世間話で盛り上げようとする。それでもだめなときは、近くにいる子供か誰かの手を取って、無理矢理手相をみる。

「へえー、この赤ちゃん、運命線が長いから、大きくなると公務員かなんか、堅い仕事について成功するよ」
「苦労しているね。でもこの苦労も50才を過ぎた頃から、楽になるから」
「商売っけがあるね。金の計算は得意そうだから、何か商売を始めたらいいのに」

そのうちに、私の前に人々が集まってくる。我も我もと、たくさんの手のひらが私の目の前に差し出される。そうすると、仏頂面のおばさんも興味津々、少しずつ私の方に近寄ってくる。
「私の手相も見ておくれよ。金持ちになることはできるかい?」

<しめた!>
「あれ?お金には不自由しないっていう線が出てるんだけど・・・」
仏頂面のおばさんは、もう仏頂面をしていない。豪快に笑いながら、「え?私が金持ちだって?いったいどこに金があるんだい。息子を台湾で出稼ぎさせるための準備金を用意するために、土地だって売っちまった。挙げ句の果てに、息子は台湾に着いたとたん、追い帰されたよ。準備金も稼ぎも全くのパア。借金だけが残ったよ。」
私はこういうプライベートな家庭事情を知りたかったのだ。
「おかしいねえ。でも手相のここには、土地なんかの財産があるって出ているんだけどなあ」
「ああ、昔は土地持ちだったよ。親が残してくれたんだよ。でもそれも治療費やら、何やらで売り払って、今はあそことここにしか土地がないよ。いつ、金持ちになれるか教えておくれよ」

てなことで、お喋りは続くのだ。私はいつも焦らない。好きなように喋ってもらって、後で調査質問票に書き込む。

ただし手相見で悪い面もある。若い男性の中であまりにひどい手相の人が結構いるのだ。ひどいという意味は、大人になる前に不慮の死を遂げるというもの。そういうとき、言葉に気をつけながら、事故に注意するように、特に飲酒運転は絶対にするなと、やんわり警告するのだが、そういう人に限って、酔ってバイクに乗り、事故で死んでしまう。
「マリコがこの前、事故で死ぬって言ってた子、本当に死んだよ」
と言われると、心が痛くなる。決して断言はしなかったのに。私の言葉の暗示によって事故を起こしたのではないことを祈りたい。

現在や過去は変えることができない。でも人の運命や将来は、手相によって現状を把握し、努力することによって切り開いていけるものだと思う。手相自体も変えることができる。そういう趣旨でやっているつもり。決して冗談で手相見の結果を告げているわけではない。

東北タイ農村で多くの人の手相と人生を見させてもらったおかげで、私の手相見は磨きがかかり、性格や現状、そして近い将来については結構当たるのだ。でも、手相見なんて、要するに占いする人の解釈に左右されるところがあるから、本人の喜びや希望につながらない占いはしないことにしている。マリコ
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by chachamylove2003 | 2005-07-01 00:43 | 東北タイ