カテゴリ:タイ諸々( 26 )

年末ですね・・・

新年になると、携帯電話に一通のメールが入る。
「あけましておめでとうございます」
差出人は、ケーク。日本のどこかにいるタイ人。
90年代初めに来日し、アンダーグラウンドで生き続けている。

彼女はタイの東北地方の農村出身で、いろいろな経緯を経て、
どこかのスナックで働いている・・・らしい。
スナックと言っても、稼ぎの大半はお客との同伴からもらう。
つまり自由恋愛という売春。
彼女が生まれた村に、私は長期間いた。
その関係で、なぜか彼女は私の携帯電話番号を知っている。

「子ども、生まれた。マリコ、引き取ってくれないか」
「お金に困っている。ちょっとでいいから・・・」
いつも本気かどうか、よくわからない。
ただ私のところにまで電話をかけるのは、それだけ状況が逼迫していることを示しているのだろう。
だからと言って、会うこともない、会おうともしない彼女をどうすることもできない。
入院したと聞いたときは、だいたいの地域名から検索して適当な病院に花を送ったら
ちょうど彼女が入院していた病院だった。
「お花、受け取ったよ。ありがとう。私には誰もいないと思っていたけどマリコがいた」
なんて言われると、やっぱりうるっと来る。

しかしその後も彼女の生活は変わらない。
産んだ子供も無国籍、学校に行けないまま大きくなってしまった。
タイに帰れば、二度と日本に戻ってこられないと思っているので
20年以上、実家に帰らないまま。
両親も亡くなり、実家も兄弟が継いでしまい、
タイに帰っても、彼女の居場所はなくなった。

彼女ももう40代。
体もガタガタ。
貯金どころかトランプ賭博で借金もある。
一度タイに帰って、生活を立て直すことを何度も勧めたが、もう帰る気はないようだ。
生活も無茶苦茶。
タイ人コミュニティのなかでも評判はよくない。
これから彼女はどこへ向かうのだろうか。
今のタイのバンコクや地方都市の発展を見たら、彼女はどう感じるのだろうか。

今度の元日に、彼女からのメールは来るのだろうか。
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by chachamylove2003 | 2013-12-30 19:47 | タイ諸々

タイの洪水まだまだ

今回、2週間ほどタイに滞在したけれど、
そのうちほとんどチャンマイにいた。
チャンマイでは、洪水難民のお金持ちがワサワサいた。
テレビで見たことがある俳優やモデルも、タイ人向けレストランでみかけた。
学校も仕事も休みで、水が引くまでどうしようもないので、
家政婦さんや、親戚の誰かに留守番してもらって
家族や友達で、水の被害のない北部や南部に遊びに出ているって感じだった。

帰りに一泊だけバンコクの友達の家に泊まった。
バンコクと言っても、西の方。ちょうど、洪水で困っているところ。

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「洪水につき、注意して車を運転してください」という看板。
注意するもなにも・・・。

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バイクは大切だから、高いところに駐車しないとね・・・。

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車も、土嚢の上に駐車してます。

1か月前より、だいぶ水は引いたっていうけれども・・・

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ごみを放り出したまま、住人は田舎へ帰った。
こういうとき、田舎があるっていいな~。

もうすぐ12月5日。国王の誕生日であり、父の日でもある。
多くの人々が、家を片付け、仕事場を掃除するために、この週末帰ってきた。
まるでタイ正月の休暇明けみたい。

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今年も、12月の飾りつけ。
にぎやかだけど、普段より控えめかな~。
そして今年のカラーは、いつもの黄色ではなく、ピンク色。
赤でもなく、黄色でもなく、ピンクですか~。
微妙な色。王妃の誕生色だったっけ?

何はともあれ、駆け足の一日でした。

まりこ
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by chachamylove2003 | 2011-12-03 23:00 | タイ諸々

タイの洪水

11月27日の災害救援・防災局が提示した情報によると、
http://www.thaiflood.com/
今回の水害は、62県628郡に影響を及ぼし
死亡373名、不明2名、
22,940,981世帯が被災したという。

中部地方の被害は甚大で
特に工業団地の浸水により
日本企業にもかなりの損害を生じたことは
日本のニュースでも毎日報道されている。

バンコクにいる友達に電話をすれば、
「今、船で引っ越すところ」
「コンドミニアムの5階を借りて、とりあえず避難」
今週は、バンコク内の多くの会社も学校も休み。
冠水のため、交通網はバラバラになり、通勤通学できない人が多い。

そもそもバンコクは、沼地や水路が多かったところ。
それがこの50年ほどで、急速に発展した。
都市中心部の周りに住宅地や商業地が広がり、
下水の整備はまだまだ不完全だった。

10年前、霊媒師を探して東北タイをまわったことがある。
いろんな霊媒師に出会ったが、
預言者タイプの男性霊媒師が結構多かった。
彼ら曰く「バンコクは沈没する!」
だから東北タイに土地を買えというのだ。
絶対に水没することはないからと・・・。
今頃、彼らは、それみたことか、と高笑いしているのかもしれない。

またタイの高度成長期以降、
バンコクに住むエリートたちは、東北部をはじめ、地方の土地を買い始めた。
貯金が少しでもできれば、土地を買う。
それが安全な投資だった。
彼らもまた、やっぱり買っておいてよかった、と思うのだろうか。

東北タイから中部地方の工場に出稼ぎしている人は多い。
すでに出稼ぎではなく、定住している人も多い。
工場が閉鎖になれば、仕事はなくなり、
彼らはどこへ行くのだろうか。
また田舎の村に帰ってきて、
海外へ出稼ぎに行く準備をするのだろうか。

復興時には、建築現場で働く単純労働者が多く雇用されることが
予想されるから、復興バブルで東北タイの人たちもバンコクなどの
中部地方に出稼ぎに行くことが増えるのだろうか。

そろそろチャオプラヤー川が決壊して、
家が浸水しているのではないかと心配になり
バンコク郊外にいる東北タイ出身の友達に電話した。
「マリコ、いつ来るの?
水が家にまで上がってきて、魚がいっぱいいるよ。
今から魚取るところ。早く食べにおいでよ」

うーん、東北タイ人、恐るべし。
この明るさ、救われます。
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by chachamylove2003 | 2011-10-27 21:24 | タイ諸々

チャチャの墓参り

本当に久しぶりに愛猫チャチャの墓参りに行きました。

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だるまさんが笑った姿がかわいかったから・・・・。

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墓参りって言っても、山の寺の上の方にある大きな木の下に
骨を埋めただけなのだけど。

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帰りにお坊さんに、「チャチャももうどこかで生まれ変わってるよ」と言われた。
過去や亡き者に縛られるなという意味もあるのだろう。
そもそもタイに墓などなかった。
記憶こそが、亡き者を存在せしめる唯一の道具。
故人を覚えている人がいなくなれば、故人の霊は守護霊として昇華し、信仰の対象となる。

チャチャ、今どこの誰に生まれ変わっているのかな。
あんたは功徳をたくさん積んでくれたから、
きっと人間に生まれ変わっているのかも。
そう思えば、生きている人にも愛情を注げるのかも。

チャチャ、合掌。マリコ
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by chachamylove2003 | 2011-08-14 22:05 | タイ諸々

東北タイの少年ノート

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ノートは、15歳、中学3年生。色黒で小柄。まつ毛が長く、大きい目を持つ少年。大人でもない、子どもでもない微妙な年頃。耳にはピアスが2つ3つ。酒も飲むし、タバコも吸う。学校なんかに興味ない。

学校の先生は全員、ノートを叱ったことがある。授業中に当てても起立しない。「知らない」の一点張り。宿題なんて、やったことがない。そもそも毎日、学校に来ることがない。たまに来ては、教室の後ろの方の机で斜めに構えて座ってるだけ。

家に帰っても、そこで待っているのは、お母さんの新しいタイ人の彼氏やおじさんの賭場。みんな、酒を飲みながら日がな一日ギャンブルをして、ノートは彼らのパシり役。金に困っているわけではない。だってノートのお母さんの法律上の夫は白人(西洋人)。たまにしか来ないし、送金はきちんとしてくれる。

お母さんは、若い頃タイ人男性との間にノートを身ごもったがすぐに別れた。白人との間には2歳の子どももいるが、小児がんでずっと町の病院に入院している。だからお母さんはずっと病院にいてノートの弟の看病をしていて帰ってこない。

ノートには、居場所がない。なんとなく安心できるのは、ちょっと年上の村の男たちと一緒に酒とたばこを囲んでいるときだけ。学校ではみんなに、嫌われている。だから学校には友達と呼べる人がいない。

そんなノートが、サバイバル・キャンプに参加した。政府が全国自然農法ネットワークと協働して行う防災教育と環境教育を合体させたプログラムのキャンプで、不良になりかけの少年を対象に、被災時における応急処置、森における飲み水の利用、食用植物の探し方などのサバイバル技術を体得させることを目的としている。

7日間のキャンプに参加して、ノートの中の何かが変わった。財団が行う環境教育を目的とした森でのキャンプに誘ったところ、喜んで参加した。キャンプでは、年下の子どもたちの指導やまとめ役まで買って出た。病気の子どもも参加していたが、体調をよく観察し、面倒を見てくれた。

以前は宿題もしなかったノートが宿題をしてきたときには、学校の先生はみんな驚いた。それも毎日学校に通っている。何より驚いたは、彼が笑うようになったことだ。にこやかにほほ笑みながら挨拶までする。

彼はやっと自分の居場所を見つけたのかな?
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by chachamylove2003 | 2011-08-03 15:10 | タイ諸々

私・あなた・かれ・かのじょ・かれら

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別に意味はないけど、東北タイ農村の夕焼け。

どんな言語でも、一人称、二人称、三人称が複数以上存在する。性別、年齢、そして社会的立場によって様々に使い分ける。
日本語でも、自分のことを「私」「僕」「俺」、相手のことを「君」「あなた」「お宅」「そちら」「・・さん」など、社会的な力関係や立場の違いによって呼称が異なる。
英語は「I」「You」など、その辺の表現が、結構、簡素化されているようだ。

タイ語は日本語よりも悩みが多い。
一応、タイ語の初級段階では一人称として男は「ポム」女は「ディチャン」と習うのだが、女性の場合、日常会話のなかであまり使うことはない。相手との関係のなかで、常に自分を位置づけながら一人称や二人称を考えなければならない。三人称となると、もっとたくさん表現方法がある。そんなタイ語は、私にとって非常に難しく、時に苦痛である。

タイ語も、そして東北地方で話されるラオ語(イサーン語)にも多様な呼称がある。タイ人ならば、その場の人間関係を一瞬にして把握し、自分を位置づけることができる。
例えば、若い女性は年上や目上の人の前では、自分のことを「ヌー」と呼ぶ。ねずみのことなのだが、自分を諂うときに使う。「ピー(兄姉)」「ノーン(弟妹)」も男女ともによく使われる。同じ年代の男女の場合、男性の方が高い位置にあるようで、男が自分のことを「ピー」と呼び、女も男のことを「ピー」と呼ぶ。男は女のことを「ノーン」と呼び、女は自分のことを「ヌー」と呼ぶ。といった具合である。
男>女、年上>年下という構図はわかりやすいが、他にも様々な要因が絡んで位置関係が決まるので難しい。先生>学生、役人>村人、政治家>一般人など。

私の場合、特に見た目が若く見られることから、よけいに話がややこしくなる。
知り合って間もない相手で、まだお互いのことをよく知らない段階が一番難しい。

明らかに相手の方が年下であると考えても、相手は私のことを年上と認識しないことが多い。そのため「ピー」が一体誰のことを指すのかわからなくなるのだ。
「ピーは、・・・でね」と話しかけられると、私は私のことを言っているものだと解釈して答える。または相手自身の兄さんか姉さんの話をしているものだと思う。しかし相手は自分自身のことを「ピー」と呼んでいた。だから、話がこんがらがってから、お互い誤解していたことに気づく。

日本語でもそうだが、一人称に自分の名前や敬称がよく使われる。日本語で言うと「お姉さんはね・・」「お母さんがね・・・」「おばさんはね」と自分のことを第三者のように呼ぶのだ。
私が目下であると思い、自分自身のことを「ピー」と呼ぶことで、すでに二人の関係において、相手は私より上に位置づけたのだ。
「上から目線」ってとこか。
気が弱い私は、そのまま訂正せずにやり過ごすことが多い。所詮私は外国人。タイ人にとってタイ国においては、ずっと目下であると解釈することもできる。

私は、どうも気恥ずかしくて自分のことを相手より上に位置づけることができない。明らかに私が自分のことを「ピー」「パー(おばさん)」「メー(お母さん)」と呼ばなければいけない場面でも、つい「マリコはね・・・」と話してしまう。

自分のことを「マリコ」と呼び始めたのは、いろんな場面で一人称をどのように使い分ければいいのか、よくわからないので、タイ人の友達に相談すると、自分の名前を使うことを提案されたからだ。例え、王族相手でも乞食相手でも、これなら相手に対して失礼になることはない。ましてや私は外国人。その社会に組み込まれているわけではないのだから、自分の位置づけに困るのは私だけでなく、相手も同じ。だから自分の名前を一人称として使うのは、いい提案だった。

「マリコはね、、、マリコはね、、、」と、まるで幼稚園児のような甘えた話し方になるが、タイ語の場合、日本語が与える印象ほど悪くはない。
それからずっと私は私のことを「マリコ」と呼んでいる。子供に対しても大人に対しても、役人に対しても、先生に対しても、、、。外国人としてはこれが無難。

それにしても、その場の人間関係を一瞬にして把握して、自分自身を位置づけ、呼称を選ぶタイ人はうやっぱりすごい。と、思うのでした。マリコ
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by chachamylove2003 | 2008-12-22 23:40 | タイ諸々

エスカレーターの恐怖

唐突ですが、私は高所恐怖症です。
小さい頃から屋根などの高いところに登って、降りて来られなくなることがよくあった。
年をとればとるほど、この傾向は強くなってきたように感じる。

何年も前にカンボジアのアンコールワットに行ったときも、
長い急な階段を登って神殿にあがった。
確かに上からの眺めはよかったが、降りられなくなった。
一緒に行った友達は、「先に降りてるねぇ」と言ってすたすたと行ってしまった。
目の前の広大な風景を見ながら、とてもじゃないが、足が伸びてくれない。
だから風景に背を向け、階段にしがみ付いて、這うように一段ずつ足を下ろした。
下から友達が「後10段、後9段、、、」とカウントダウンしてくれている。
何とか下まで降りて振り向くと、友達は拍手、アンコールワットに住んでいるドンチー(白衣の女性修行者)のおばあさんたちは、手を合わせてニコニコうなづいている。
かなり恥ずかしかった。

私の高所恐怖症は、高さの問題ではない。
下が見えると怖くて足がすくんで動けなくなる。
だから非常階段や螺旋階段、プラットホームの端、つり橋などが苦手。
透明なエレベーターに乗るときは、ひたすら昇降階のボタンを眺めている。
友達が住む高層マンションを訪ねたとき、ベランダに立つことができなかった。
なぜならベランダの柵(壁?)に飾りのための穴がいくつも開いており、そこから夜景が見えたからだ。
タイでは、エスカレーターも苦手。
横の部分が透明である場合が多いように思う。
例えば、多くの買い物客でにぎわうバンコクのショッピングセンターMBKのエスカレーターは吹き抜けにあって透明(もしかしたら記憶違いかも)。私にとっては最悪。
とにかく手すりのゴムにしがみ付く。下は見ない。

どうしてこんな話を持ち出したかというと
今日、コンケンで乗ったエスカレーターはそれ以上に最悪だったからだ。
地方都市コンケンでもMBKに似せたショッピングセンターが建てられた。
それはいいのだが、エスカレーターが透明。
最悪なのは、手すりが動かない!!!
エスカレーターは、足元と手すりが連動して動くから、手すりをつかむことによって体が安定するのだ。
その手すりが動かない、、、。
私は何にしがみ付けばいいのだ!!!?
何をつかめばいいのかわからないまま、足ががくがくする前になんとか降りた。
エスカレーターのこんなところをケチるなと言いたい。
本当に怖かったんだから。
マリコ

この写真と文章は全く関係ありません。
繭の色がきれいだったから載せただけです。
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by chachamylove2003 | 2008-12-11 00:51 | タイ諸々

タイに軟禁?ー稲刈り

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タイにいます。
2008年11月から2009年1月にかけてタイにいます。
多くの人にとって、空港閉鎖のため出入国ができず、大変な時期でしょう。
幸いにも空港閉鎖前に、タイに来て、年明けまでいるのでさすがに空港閉鎖もそれまで続かないだろうと高をくくっています。
ただしタイの政情に関する、私の最近の予想はことごとく外れているので次に何が起こるかわかりませんけど。

バンコクでは、黄色派と赤色派のデモとそれに絡む争いで、タクシーが捉まらなかったり(タクシーの運ちゃんは赤色派だと思われている)、交通渋滞やら学校閉鎖やらで、日常生活の不便を感じている人も多かったはず。それが、東北タイの地方都市に来ると、デモより「絹祭り」。県をあげての一大イベントのために多くの人が集まっていた。今年は、若者向けの歌手が呼ばれて無料コンサートを行うため、やんちゃな若者が多くやってきそうで、怖くて私は近づけない。

で、週末、県庁所在地から100キロほど離れた村に行ったら、村人全員が稲刈りのために不在だった。村の中にいても寂しいので、稲刈りを終えた後の田んぼを歩いて、あちこちで挨拶して過ごした。

「マリコは、どうして入国できたのだ?」というのが、村人の質問その1。
多くの村人が、中東やら台湾やらに出稼ぎに出ている。ちょうどこの時期、帰ってこようとした人が帰れず、行こうとした人が出られずで、バンコクの空港閉鎖の影響はここにも出ていた。数年ぶりに休暇をとって、台湾から一時帰国するはずだった青年の両親は、「最近のデモは、何をやってんだか。せっかく息子と会えると思っていたのに。すでに休暇願いを出していたので、別の日に休暇が取れるわけではないから、また後何年会えないことになるか、、、」
また別の人は、一時休暇で帰国していたときに、空港が閉鎖され出稼ぎ先に帰ることができなくなった。別の便の航空券を買ったり、陸路や空路を乗り継いでいける人はいいけれど、出稼ぎ目的なのに、そんなところで金を使っていてはもともこもない。

テレビのニュースを見ようにも、私が泊まっていた家のテレビは娯楽チャンネル3と7しか映らないという代物。政治のニュースは押さえ気味で報道されている。国の将来も心配だが、とりあえず目の前の稲刈り、脱穀、米倉への搬入を終えなければならない。それが日常生活。まずは生きていかなきゃね。

それにしても寒い。
村での水浴びは、心臓が止まりそうになる。
もう・・日間、周りの人が忙しくて私のことをそれほど観察していないのをいいことに、水浴びをしていない(聞かれても、「もう浴びた」と答えている。秘密、、ね)。
それほど寒くなることがないバンコクで、お湯を浴びている人が政治ゲームを司っているんだろうなと思う日々です。

マリコ
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by chachamylove2003 | 2008-12-01 16:31 | タイ諸々

久しぶり(?)のタイ

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タイのこの時期にしては、寒い。
昼間はさすがに暑いけど。

王族のための火葬場(メーン)、というか、葬儀場。
つい最近荼毘にふされ、今は一般公開されているので見に行った。
数日でこんな手の込んだものが作られ、
来月になると解体される。
うーん、もったいない。

とにかく人が多くて暑くて疲れた。
不遜になりそうなので、
とりあえずタイに着いたという報告まで。

マリコ
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by chachamylove2003 | 2008-11-25 00:11 | タイ諸々

バンコクのバス事情諸々

暑い暑い、まだ暑い。8月は日本なんかで過ごさずに、「涼しい」タイへ行けばよかったと少し後悔。タイで一番暑いのは、4月頃。特にバンコクの4月は最悪に暑い。そんな暑いバンコクでは、どこへ行くにも満員バスに乗らなければならない(電車が通っているような高級住宅街には縁がないので)。

青バス、赤バス、冷房バス。いつも満員だが、夕方勤め帰りの時間帯になると、特に満員となる。誰しも早く家に帰りたいので、満員でも我慢して乗っているのだ。

そんなとき、ちょっと変な車掌さんに会うことがある。歌手にでもなりたかったのか、タイの民謡を延々と歌い続けながら、運賃徴収に励む人。こういう人に会うと私は嬉しくなってしまうのだが、他のお客さんは全員下を向いて無表情。

でも日本に比べれば、タイの人々は乗車マナーがいい。バス会社に言われるまでもなく、年寄りや妊婦に席を譲ってくれる。単に女性であるというだけで、男性が席を譲ることもある。でも一番手厚い扱いを受けるのは、僧侶。タイのバスの優先座席には、僧侶のマークがついている。

僧侶が遵守する戒律は227もある。解釈する人にもよるので、どの程度の行為が戒律に触れることになるのか不明瞭なところもあるが、タイ人全員が、僧侶は女性に触れることが許されていないと理解している。だから不可抗力であっても、女性に触れる可能性が高い満員バスの中では、僧侶を他の客から隔離する方が、お互いのためである。

もちろん僧侶が乗車していないとき、優先座席に普通の人が座ってもかまわない。

そんなタイのバス事情に慣れてきた頃、意外に思えることがあった。いつものように満員バスの中で座っていた。僧侶が一人乗り込んできたが、人が多すぎて優先座席にたどり着くこともできず、席を替わる人もいなかった。それで私が立ち上がって、席を指さすと、さっさと僧侶はそこに座った。

何気ない行為だった。それを見ていた、一人のおじいさんが、私に話しかけてきた。
「えらい。僧侶に席を替わるなんて、あんたはいい人だ。最近の若いもんは、僧侶に対する尊敬の念がないと思っていたけど、あんたはえらい」
あらら、タイ人に褒められてしまった。今更、外国人だと言うわけにもいかず、そのまま私は微笑んでいた。その後もしばらく、若者に対する愚痴が続いた。

最近では、僧侶に席を替わる人が減ったのかな。世知辛い世の中になったのだろうか。

そう思っていたら、また別の機会に、僧侶がバスに乗れないところに出くわした。あまりにバスが満員であったため、力任せに体を車内に詰め込まなければならない状況で、僧侶の付き人が、「どなたか、僧侶に席を替わってくださる人はいませんか?どなたか、このお坊様に席を譲って頂けませんか?」と、乗車口から叫んでいた。私は立っていたので、どうしようもなかったが、座っている乗客は全員下を向くか、寝ているふりをしていた。

疲れているときは、僧侶や他人に席を譲ろうなんて誰も思わないのだろう。日本もタイも変わらないなあと少し残念に感じた。そもそも僧侶が、そんなにうろうろすること自体がよくない。付き人がいるなら、タクシー代を布施すればいいのに。

と、思っていたら、一人の男性が私の肩を叩いて、席を指さす。ここに座れというのだ。

ありがたい。私も疲れていた。座ってみたけれど、どうして私に席を替わったのだろうか。後で、友達にこのときの話をしたら、彼女はすげなく言い放った。
「妊婦に見られたのよ」
今より5キロは太っていた頃の話。絶句。マリコ
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by chachamylove2003 | 2007-08-25 22:43 | タイ諸々