カテゴリ:東北タイ( 54 )

アジアの泥棒の慈悲

知り合いが中国の雲南省ですりにあい、中国元をほとんど全部もってかれたらしい。
でも屋台で食べる一食分の小銭は、財布の中に残してくれていたとのこと。
アジアの泥棒の慈悲と言う。

そういえば、私も同じようなことがあった。
海外にいてもそれほど危険な目に遭ってきたわけではないが、
タイで住んでいた下宿でどろぼうと鉢合わせしたときは、さすがにびっくりして声もでなかった。

20年近く前になる。
タイのコンケン大学にいたとき、大学のそばの部屋を借りていた。
小さな小さな一軒家で、小さな2階(ロフトと呼ぶほどおしゃれなものではない)が
ついていたので、私はとても気に入っていた

小さな2階の部分にベッドを置き、階下で食事や勉強をして過ごしていた。
窓には格子がついているが、窓自体のカギはゆるゆるなので、
なるべく現金は部屋に置かないことにしていた。

ある日、本を読んでいて、床に就くのが朝の4時ごろになったことがあった。
2階のベッドで爆睡していたが、なんとなく人の気配を感じて目を開けた。

私はひどい近眼。眼鏡を外すと何も見えない。
朝の薄明かりのなか、目の前に誰かの姿がぼやっと見える。
「あれ?昨日、うちに誰か泊まったかな?」

私が最初に考えたことは、昨日寝るまでの自分の行動。
「いや、一人で本を読んで、明け方寝た。誰もうちには泊まっていないはず」
ちょっと間をおいて、急に怖くなった。
「じゃあ、誰だ!目の前にいるのは!」

声が出なかった。
でも体は起こすことができた。
すると、目の前のぼやけた姿が階段を下りる「ガタガタ」という音とともに消えた。
「ぎゃー!」やっと声が出た。

実際、怖い目に合うとホラー映画の女優さんのような叫び声をあげることができないことを初めて知った。
そろそろっと、階下に降りた。
ドアが開いている。
ドアの横の窓を見ると、鉄格子が見事にゆがめられている。
そこから手を差し込み、ドアの閂を外したようだ。

「あ、カメラ」
その時一眼レフのカメラを持っていた。
あわてて確かめてみると、カメラはちゃんとあった。
それからテーブルの上の財布を見た。
中には20バーツ紙幣が一枚(60円ぐらい)。
もともと多くの現金は入っておらず、500バーツぐらいを取られただけだが、
20バーツ札は入っていなかったはず。
私のお金を抜いて、わざわざ20バーツ札を入れてくれたのだ。

その話を、タイ人の友達にすると、「タイ人は情け深いでしょ」と笑った。
向かいの人に泥棒に入られた話をすると、
「そりゃあ、怖かったでしょう。でも無事でよかった。
きっと驚いて、クワン(魂)が飛び出しているから、儀礼しなきゃね」
あれ、こんな時に、招魂儀礼か~。
確かに私はその後しばらく、夜ひとりでいるのが怖くなって、友達の家に避難していた。
魂の状態はよくなかったといえる。

もちろん部屋のオーナーや警察にも届けた。
オーナーは、怒り心頭で
「最近、泥棒が増えてんだよ。だから早く拳銃を買わなきゃ」

私服警察官が2人来て、泥棒に入られた時の状況を詳しく聞いていった。
私の部屋から朝早く飛び出していった男を、近所の人が目撃していたので、
どこの誰が犯人かというのはわかっていた。
それでその犯人の家に私も連れて行かれることになった。

一人の警官の車に乗り込むと、急にその警官は言い出した。
「私に妻はいない」
『?』
「いや、正直に言おう。以前、結婚していたが、うまくいかなくなって、妻とは別れた」
意味がわからない。これから泥棒の家に向かおうというときに、初対面の私に何を言いたいのだ?
私は沈黙を守った。
「いや、無理にとは言わない。でも勉強ばかりしていてはいけない。週末だけでも僕といっしょに人生を楽しもう」
『・・・』
泥棒と鉢合わせをしてショックを受けて、魂が抜けている私に対して、
なんなんだ、これは・・・。
そのまま沈黙を続けていると、ほどなく犯人の家であろう場所についた。
警官は、私を車に残して一人で降りて、家に向かった。
しばらくして帰ってくると、犯人はすでに逃げたため不在。
家族にはバンコクに行くと言って出て行ったという。
そしてそのまま被害届を出すかどうかの話になり、私は自宅に帰された。

その後数日して、泥棒の親だという村人がやってきた。
「村の人の目もあるし、大した金をとられたっていうわけじゃないんだから、
その分お金をこっちから返すので、被害届を出すのはやめてくれ」
つまり示談の相談。
でもすでに被害届出してしまったし、私の家に入ったのが初めてだったわけではなく、
それまでも近所の部屋のカギを壊して泥棒に入っていた常習犯だったらしいのだから、
それはちょっと応じることはできなかった。

なんやかんやでバタバタした日々をしばらく過ごしていたが、
結局、泥棒は捕まることはなかった。

「アジアの泥棒の慈悲」の顛末記でした。マリコ
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by chachamylove2003 | 2013-03-08 00:09 | 東北タイ

ナンセンス・グループ

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村の米倉の落書き。
意味のない、ナンセンスなグループって書いてある。

ここは、村の不良の溜まり場。
大人の目があまり届かないところで、
酒、タバコ、だけでなく、シンナー、覚せい剤をやっている。
中には小学生もいる。

去年までは、年をとったおばあさんが、米倉の横で
日向ぼっこをしていた。
そのおばあさんも去年亡くなり、
他の大人たちは、海外とバンコク出稼ぎに忙しく
誰も子どもにかまわなくなった。
また両親を亡くして祖母に引き取られた子どもも
頼る人を亡くした。

以前から、不良が集まっていたが、
年寄りがいたので、彼らも大人しかった。
しかし今年は、近所の人が私に
「夜は出かけないように」と忠告するほど
近隣村からも人が集まって、シンナーを吸う姿を見かけるようになった。

タイでは、15歳を過ぎれば身分登録証を持てるようになり
遠くの工場などで働くことができる。
現実には、18歳ぐらいまで、どこも雇ってくれない。
中学にも行かなくなり、出稼ぎに行ける年になるまで、
子どもたちは、無意味に時間を過ごす。
特に男の子の現状はひどいものだ。

今年もまた寺の僧侶の身の回りの世話をして
寺で僧侶の残り物を食べて暮らす若者がいた。
以前、覚せい剤をやりすぎて、
不可逆的に脳が破壊され、
仕事をすることができない。
去年は、出家して見習僧となったのだが
どうしてもお経が覚えられないし
じっと座っていることができない。
だから、坊主にもなれず、ふらふらと人の施しで
暮らすだけ。

最近の子どもたちの行動に
困ったものだと
村の大人たちは、ため息するばかり。

でも自分たちの存在が意味のないことだって
書きなぐる子どもたちの気持ちも切ない。
シンナーやって、覚せい剤やって、バイク乗り回して
集まっても話すこともなく、ごろごろしている。
ついていける指導者的な兄貴もいない。
世話を焼いてくれる親もいない。
エネルギーは、たまの祭りでの喧嘩で発散。
辛いなあ。

まりこ
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by chachamylove2003 | 2010-08-16 11:00 | 東北タイ

タイの母と日本の母

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タイの母二人、ござを編む。

ひ孫もたくさんいる。
愚痴を言いながらも、多くの子どもや孫に囲まれて
質素だけれど幸せな人生を送る人たち。

いつか実現させたい。
タイの母の元へ、日本の母を連れて行くことを。
でもやるとしたら、早くしなければ、みんな死んでしまう・・・・。
まりこ
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by chachamylove2003 | 2010-08-16 00:05 | 東北タイ

ブヒブヒ・子豚

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ほぼ一年ぶりに、村を訪ねた。
多くの年寄りが亡くなり、
多くの小さな命が生まれた。

人間だけでなく豚も・・・ね。

出産の時に、母豚が亡くなり残された子豚5匹。
哺乳瓶で、動物用のミルクを与えている。
近くで見ていると、意外に可愛い。
生まれてまだ間もないので
四六時中、おなかをすかせて、ブヒブヒ鳴く。
飼い主は、夜中も起きて、ミルクをやっている。
その隣のうちでは、生まれたばかりの人間の子どもも
一晩中、おなかをすかせて泣いている。

人も動物も・・・。
いつものようになんだか忙しい。
バタバタ、どたばた。
そしてあっという間に
私は「おばさん」と呼ばれることに甘んじるようになった。

村の寺に初めて華人式のくじが置かれた。
占いの結果は、「急いては事を仕損じる」でした。
とにかくゆっくりことを進めなさいとのこと。

このくらいの暮らしが、ちょうどいいのかもしれない。
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by chachamylove2003 | 2010-08-15 18:15 | 東北タイ

雨季の東北タイ

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今日から、雨安居期に入った。
いろんなところで、仏教行事が行われている。
一方で、雨に降られて、急いで苗を作って田植えをする人々。

東北タイの雲は、気まぐれ。
あそこで雨雲が見えたので、こちらに来るかと思えば
違う方向に行ってしまう。
晴れているので、バイクを走らせたら、
雨の中に突入してびしょびしょになった頃
晴れてきたってこともたびたびある。

でもこの季節が一番好き。
これまで赤い土に覆われて干からびたような葉っぱが
雨に打たれて、青々と本来の緑色を見せてキラキラしている。
枯れたのかと思っていた草花が、一気に育ちはじめる。
緑が目にしみる。

これでやっと涼しくなるかねえ。
まりこ
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by chachamylove2003 | 2010-07-27 03:15 | 東北タイ

ぼちぼち再開します

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2009年9月4日仏日、東北タイではブン・カオサーク、先祖と施餓鬼供養の日でした。
タイの母の大きな手が、転生を待つ精霊たちへの供物を作っています。

私もまたぼちぼちと、ブログにいろいろ書いていこうと思います。
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by chachamylove2003 | 2009-09-09 22:48 | 東北タイ

ポープ・ピーファー?

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娯楽番組主体の7チャンネルで、
「ポープ・ピーファー pop phifa」というテレビドラマが始まった。
昨日、東北タイのモーラム・ピーファーの年中行事を
見てきたところなので、気になって見てしまった。

ポープは東北タイでは、悪霊のこと。
北タイではピー・カと呼ばれる人を喰うと言われて恐れられている。
ピーファー(天上霊)、仏法、ウィサー(呪術)など
何らかの超自然的な力の源となる存在の扱いを間違うと、
ポープになってしまう。
ピーファーは、天に住む精霊で、
私たち人間や動物などを作った創造主である。
雨を降らせ、私たちを助けてくれる良い霊なのだが、
供物が少なかったり人間の行いに気に食わないことがあると
怒って災いをもたらすことがある。
あまりにひどくなると、それ自体がポープとなって、
生きている人の肝臓を喰うのだ。

娯楽番組は、おもしろければいいのだろうけど、
やっぱり気になることがたくさんあった。
まずテレビドラマに出てくるピーファー(天上霊)を憑依する女性は、
時にプータイ、もしくは北部の民族衣装を見に着け、
ラオのケーン(笙)の音とともに北タイ人のように謡う。
もう少し付け加えるなら、若くてきれいな女性なのだ。
ありえなーい!!!!!!
これがバンコクの人々がイメージするピーファーであり、
それを憑依する女性である。

加えて、
天界に住む精霊であるピーファーがなぜか前世で不幸なことがあって
生まれ変わることができない悪霊として描かれていた。
天国と天界は、信仰上異なるものであるはずなのに。
タイでは、最後に仏教が出てきてお話を納めるのが常。
前世や来世は、テレビにも、日常会話にも登場する。
ピーファー信仰は、東南アジアの大陸部の広い地域で見られ、
おそらく仏教よりも前から信仰されていたと推測できる。
仏教の影響を受けるのはしかたがないとしても
前世で振られたにも関わらず、現世に生まれ変わった相手の男性と
彼女との仲を裂こうとするなんて、
創造霊としてはなんと器の小さいことよ。

言い始めたら限がない。マリコ。

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by chachamylove2003 | 2009-02-13 00:55 | 東北タイ

モーラム・ピーファーの集まりロン・クアン

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初めてロン・クアンに参加したのは94年のことだった。
ロン・クアンは、モーラム・ピーファーと呼ばれる治療師の儀礼である。
年に二回行われる儀礼に何度参加したことだろうか。
調査目的だったのは、最初の数年だけで、それ以降は調査のテーマも変化したにも関わらず、毎年この時期になると行きたくなる。

タイ陰暦3月と6月の満月の日。
年によって異なるけれど、今年は西暦の2月頃が陰暦の3月にあたる。
ロン・クアンは夜。
月の光に照らされて、治療師は天から降りてきた霊(ピーファー)を
身体に宿して謡い踊る。

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次の日はポン・パ・カーオと呼ばれる儀礼が行われる。
料理とお菓子が捧げられ、鳥や象に扮装した精霊たちが踊るのを
多くの人が見守るのだ。
最後には「特別薬ya wiset」と呼ばれる水が配られる。
ただの水ではない。モーラム・ピーファーが謡いながらロウソクの蝋を垂らした水で
僧侶で言えば「聖水nam mon」。
あらゆる災禍から家族を守る力を持つ重要なもので、人々は争うようにビンやペットボトルに詰めて持ち帰る。

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久しぶりにこの儀礼に参加した。
見たことのある顔が並んでいる。
全員、年をとり、多くが亡くなった。
以前は遠くから来て、泊りがけで、
精霊によるダンス・パーティのような行事に参加する人も多かったが、
今は供物を届け、祝福を受けて、さっさと帰る人が多い。
みんな、忙しいのだ。

呪術や占い、超自然的な力に対する信仰は、ますます盛んになる一方のタイで、
東北タイのラオ系の人々が継承していた、このような儀礼は廃れ、
今や東北タイの若者も知ることがない。
現代的な儀礼に比べ、やたら供物がたくさんあり、タブーもある。
何よりもモーラムというラオ人の謡いが重要であり、謡えない人は治療師になれない。
いまどき、精霊が憑依したからといって急にモーラムが謡えるわけがない。
私に天からの精霊が憑依しないのは、文化的な基盤が違うため。
憑依されたとしても、私に謡える素養がなければ、精霊も困るだろう。
今の若い人たちも皆おなじ。

伝統的な治療儀礼は、複雑な供物を必要とする。
あれはだめ、これはだめといろいろ言われる。
それよりお金を出して、病気の原因を占って終わる簡素化された儀礼の方が今は好まれる。
短時間ですみ、毎年参る義務もない。
人々が集まって何かを行うというわけでもない。
そんなドライな人間関係の上になりたつ精霊信仰や超自然現象は、
都会的であり、現代的である。

でも個人的には、つまんないなと思っている。

久しぶりに会った懐かしい年寄りたちの長生きを祈って。合掌、マリコ。
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by chachamylove2003 | 2009-02-12 23:42 | 東北タイ

マンゴシャワー再び

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絶対にヒンシュク買うと思うけど、、、、東北タイ冬の名物、野ねずみ。もちろん食べるのよ。最近は、環境破壊のせいか、なかなか見つからなくなったそう。

東北タイに来たのが冬だったため、体調の悪さはずっと風邪を引いたのだと思っていた。鼻がずるずる、くしゃみに、咳が少々。夜になると鼻づまりで呼吸が苦しくなる。
症状が風邪みたいなのだが、熱は全然でない。

ここ数日間、天は雲に覆われ昼間も暗かった。そして雨。
それもしとしと降る春雨のような雨。
思い出した!マンゴシャワーだ。

タイ語でfon cha cho mamuang、イサーン語でfon tok ham bak muang。
マンゴのつぼみが出て、花が咲き、受精する時期。
1月から3月頃の雨は、マンゴの花を洗い、その受精を助け、4月から5月頃に実を成らせる。
マンゴはウルシ科。結構強いアレルゲンになる。
私はマンゴの花粉アレルギーなのだ。
雨が降ったことで、なぜか鼻が楽になった。
空気から花粉が洗われたみたいだ。

稲刈りも終わり、今では手で脱穀する代わりに機械が一気に脱穀する。
籾殻を米倉に貯蔵して、東北タイの稲作は終わる。
そして次に田植えを行う5月頃まで、人々は乾季の仕事にいそしむ。
乾季の仕事のなかには、家の新築、結婚式なんかも含まれている。
新しい一年の始まりに向けて、準備が行われるのだ。
雨季までの間の乾季は、儀礼がたくさん行われる時期でもある。
それも雨季の雨乞いや雨占いに関連した宣託を含む場合が多い。
灌漑などの水利がほとんどない東北地方では、雨に頼って農業を行う。
豊かな雨への希求は、地元の口承文化や儀礼に常に見られるモチーフである。
人々は豊かな収穫をもたらす雨を毎年のように待っているのだ。

これから徐々に東北タイは夏に向かう。
夏という呼び方はちょっとおかしいけど、気分的には冬から春を飛び越して夏。
乾季の夏だ。
そして一雨ごとに暑くなっていく。
一番暑くなる4月頃は、果物がたくさん出回る時期でもある。暑いところでは、甘くておいしい果物がたくさん生る。
残念ながら、いつもその頃タイにいることができない。
せめて3月ぐらいにマンゴを食べたいなあ。

そうだ。いつもマンゴをたくさんくれる、トゥーおじさんに今から頼んでおこう。
彼の畑には大きなマンゴの木が何本も植わっている。そして毎年、たわわに実るマンゴを食べきれる人がいない。できたら、小さくてもいいからすぐに頂戴ねって。マリコ
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by chachamylove2003 | 2008-12-30 23:47 | 東北タイ

東北タイの家

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文章と関係ないけど、普段の食事。主食はもち米。体重の増加を毎日実感する日々。

東北タイ農村の家屋を建てるとき、方角に気を使う。中国式の風水ではないのだが、東側に仏像を置くことなどは、家屋の大小に関わらず決められている。

「ホーン・プーン」と呼ばれ、壁に仕切られた部屋ではないが、タンスなどで仕切りを作る場合もある。奥に小さな仏像が置かれた棚が設置され、他にも亡くなった近親者の写真が飾られていることが多い。この部屋は、祖先の部屋。血縁者だけが出入りできる。結婚後、入居した婿や嫁はこの部屋に入れない。未婚の息子が結婚まで寝室として利用する場合がある。
「ホーン・プーン」の前は、誰でも入ることができる居間となっている。この西側には壁で仕切られた部屋が作られ(ない場合もあるが、、、)、未婚の娘や新婚夫婦が過ごす。

私は未婚の娘のための部屋に泊まらせてもらっていた。
いままでいくつかの家に泊まらせてもらったが、長期でいる場合は、このような部屋に泊まった。未婚だからというよりも、多少のプライバシーがないとお互い疲れるため、配慮してくれている。やんちゃな小さな子供の目の前に、コンピューターやカメラを置いておくのは、非常に危険である。そしてこの家の住人である女性は子供二人とともに居間に当たるところに寝ていた。

ちょうど私が村に滞在しているとき、出稼ぎ先であるカタールから一ヵ月間、休暇をもらって婿が帰ってきた。2年ぶりの再会に、6歳と4歳の子供はおおはしゃぎである。
しかし私は、、、困った。どこに泊めてもらおうか。
周りの人もこの家の住人たちも、この部屋に泊まったらいいと言うのだが、ベニヤ板でかろうじて仕切られているだけの「個室」ではすぐ外で何が起こっているのか、わかってしまうのだ。
ましてや、人が寝返りを打つだけで家全体が揺れる。
全体的に安普請な家である。

夫婦本人たちが、この部屋に泊まれと言ってくれているので、そのまま泊まっているのだが、子供が寝た9時ごろからしばらく家全体が静かに揺れる。私の耳にはイヤーホーン。
うーん、精神衛生上よくない環境にある。

でもこんなこと、はっきり言えない。
向こうも言えない。私も言えない。
高床式の部屋の真下で寝ているお母さんも何も言わない。
だから私も何も言わず、なんとなーく居心地が悪いまま過ごしている。
マリコ
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by chachamylove2003 | 2008-12-22 23:47 | 東北タイ