在日タイ人あれこれ

今日は東京に15年ほど住むタイ人の友達Mと、電話で久しぶりに近況を報告し合った。3人の子供の成長ぶり、新しい若い男の話、仕事の話、共通の友人のうわさ話、、、楽しくもあり、感慨も深かった。

彼女と初めて会ったのは、20年ほど前、遊びに行った東北タイの村で稲刈りを手伝っていたときだった。小学校を卒業した後、バンコクへ出稼ぎに出ていた若者たちも村に帰り、多くの人が参加した楽しい稲刈りだった。その若者たちの中にMもいた。
村一番の美人だなあと思った。

それだけのはずだった。

次に会ったのは日本だった。
その村出身の国会議員の日本視察旅行の付き添いを頼まれた。日本におけるタイ人女性の不法就労、特に売春の現状についての視察だった。そこに呼び出された同村出身の女性たちに会った。みんなスナックなどで働きながら売春をしていた。そこでMの話しを聞いた。彼女もまた売り飛ばされるような形で千葉のスナックにやってきたが、すぐに日本人の客に買い取られる形で結婚し、家から一歩も外に出してもらえないという。

何度か電話で話した後、彼女の家に遊びに行った。亭主の実家は水飲み百姓だったという。しかし空港ができたため、成田成金となり、一部の田畑を売ってアパートを経営していた。彼女のタイ時代の友達ということで、私のことも歓迎してくれた。
そしてタイのこと、私のことを根掘り葉掘りと聞き、自分自身のことも語ってくれた。
家が貧しかったため、中卒で建設現場、長距離トラックの運転手、タクシーの運転手などをした後、やっと今のアパート経営できるようになったという。水商売の女の人しか知らなくて、一度は結婚しようと思った人もいたけれど結局は破局。それで行きつけのスナックのママさんに、新しい女の子(タイ人)が来たら世話してくれと頼んでいたという。

そこにやってきたのが、Mだった。
すぐに180万円払い、身請けして結婚。右も左もわからぬまま、Mは17歳で日本人と結婚してしまった。

悩みは結婚10年目にして、Mがワガママを言い出したこと。子供が3人もいるのに、パートに出たいだの、タイに里帰りしたいだの、茶髪に染めたりだの、、、。Mは独学で得た日本語で言い返すことができるようになっていた。
彼は愚痴った。
「180万も払ったのに、どうしてタイにまで行かなきゃいけないんだ。沖縄から嫁に来た近所の奥さんは、結婚後一度も実家に帰ったことがないのに」
何度も180万、180万と言うので、思わず私は「安くすんでよかったですねえ。日本人と結婚しようと思ったら、結納や結婚式やらでもっとかかるもんねえ」と言い返してしまった。向こうはムッときたようだったが。

でも全体的な印象としては、多少日本語がしゃべれるとはいえ、小学校しか出ていないMが一人で生きていけるとは思えず、この程度の日本人亭主なら我慢して結婚生活を続けるしかないかと考えた。もっとひどい日本人亭主は、他に例がたくさんある。土地やアパートからの家賃収入があるわけだから、経済的に困っていない。

でもその後も連絡を取る内に、亭主の不審な行動が見えるようになってきた。妻や子供が逃げるのではないかと不安で、家に閉じこめたり、殴ったり、、、Mが言うには、私と会ったときの亭主は本当の亭主じゃない。猫をかぶっていたのだと。そして私のところにも朝早くから夜遅くまで、意味不明の電話がかかるようになった。

彼女はプチ家出を繰り返していたが、私が家に戻してもそのたびに暴力がエスカレートするようになった。そしてとうとう彼女は私の勧めで、子供を連れて女性シェルターに駆け込んだ。

その後ももめた。養育費を取って離婚しようという方向で、裁判に持って行ったが、そのさなか、亭主は大酒を飲んで、そのまま死んだ。彼の親戚は財産を隠し、養育費どころか子供たちが当然得る遺産なども全くないまま、親族関係は絶たれた。

その頃タイにいた私は、電話口で泣き叫ぶMをなだめていた。
「私が悪かったのよ。私が家を出たばっかりに、彼は大酒を飲むようになり、そのまま死んだ。私が殺したようなもの。悪行(bap)よ、悪行。私は地獄に堕ちるのよ」
「彼の寿命は、これだけだったのよ。酒飲んでみんな死ぬわけじゃなし、もともと彼は幻覚が見えたり、精神的に病気だったんだから。自分を責めるより、子供たちとどうやって生きるか考えて」

多くの人びとの助けで、一度は鬱になっていたが今は回復し、順調な人生を歩み始めたようだ。経済的には苦しいが、子供たちも学校でのいじめにも負けず、たくましく素直に育っている。7歳も年下の男を見つけて、子供たちも含めて疑似家族のように暮らしている。結婚するのかどうか知らないけれど、彼の助けは彼女の心の支えだ。

ずっと私も悩んでいた。あのとき、彼女に子供を連れて家を出ろと言ったことがよかったのかどうか。もし我慢してそのまま居続けたら、今より楽な生活が保障されていたのではなかったか。その方が彼女や子供たちのためになったのではなかったか。

今になってやっと思えるようになった。これでよかったのだ。彼女も子供たちも今の方が幸せだ。私は間違っていなかった。合掌。マリコ
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by chachamylove2003 | 2006-10-25 00:30 | タイ諸々